メメント

両手いっぱいの好きなものについて

冬の面影を名残惜しむ話

「やぁ、もう冬を連れ去ってしまうのかい?」

そう尋ねた僕に夜風はこう言った。

「コンクリートジャングルで通年過ごす君たちには、実にお誂え向きだろう?」

去りゆく冬を名残惜しむ感傷そっちのけで、夜風はカラカラ笑った。

冬が連れ去られて残留した数多のセンチメンタル。

不意にやってきた春がまき散らす数々の別れ。

「別れ」が春の専売特許になったのはいつの時分からだろうか。

そんなことを思い浮かべながら、歩道橋を渡る。春の萌しが冬の面影を追い越したのを見たのは、よく使っていた駅のプラットホームだった。3月も下旬になったというのに夜風は冷たく、まだ冬の気配を凛として携えていた。クラスメイトとはしゃいだ後の静寂がやけに痛く感じたので、それを誤魔化すように、キンと冷えた空気を目一杯吸い込み、肺を銀色に染めた。どういうわけか鼻の奥もツンとしてきて、泣くのをグッと堪えていたように思う。当時は、会おうと思えばまた会える、と思えるほどの余裕がなかったのだろう。それは、アルコールを摂取せずとも、箸が転げるだけで笑えた時分のことだ。

別れのうちの大半は、取って付けたように形式的なもので、その形骸化した別れを幾度も追い越してきた。そうした別れに支払う感情など無論ない。その実去勢されたと言っても差し支えない別れを悲しむことなど疲れるだけで、できることなら避けて通りたい、そう思っていた。だから別れの数々をその都度飼いならしたことにして、便宜上、別れに慣れた体でいることにしていたのだ。それなのに、ここ最近の感情の揺らぎときたら滑稽の極みで、出くわす些細な別れにも動揺している自分に気付く。季節が往くことにさえ感情の揺蕩を覚え、悲しいと呟くのである。都会が醸成する冬に勢いはない。

微弱な冬が生成する、不完全ながらも冷気を孕んだ風に都市が包み込まれる。

その最中に佇みながら、歩道橋の上で一等星を睨む。

地上に散りばめられた電灯を前に、一等星でさえもその光は衰えてしまうことを知っているからこそ、都会で星が見えたときの感動はひとしおなのかもしれない。

建物の間を一掃するようにして吹く風にエメラルドグリーンのロングコートをはためかせながら、コンクリートジャングルを往く。

「コンクリートジャングルで醸成される冬には、ぬる燗でさえものぼせ上っちまうくらいに熱いね。」

ぬる燗よりも圧倒的に低い、平熱と同じくらいか、あるいはそれよりももっと低温の感傷に身を晒しながら、雪冷えを仰ぐ。

少しおどけて笑いながら、コバルトブルーの硝子壜を一人傾けるのだ。

依然として軽快な夜風が造作もなく冬を攫って行くのを、酩酊状態の僕はただ横目で見ていた。

瑣事に悲しみを覚えるというのなら、瑣事に喜びを見出せるくらいにも濃やかでありたい、そう独り言ちながら。