メメント

両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「枝」|無常を抱く大団円

THE BACK HORN』の1曲目から順を追って、それぞれについて綴りたかった、という想いをあっけなく風に遊ばせ、このタイミングで「枝」である。空前絶後の大御所、ベスト中のベスト、数多の通り名を持つであろう(?)この大傑作、もとい切なさと無常を際限なく詰め込んだ銃弾をここで装填したのは、あっけなく桜が散ってしまったから、ということにしたい。

散りゆく桜にも、花開く桜にも、この曲はきっと、とてもよく似合う。セルフタイトルを締めくくる、最後の曲であるという点も、ため息をつくほどに、にくい。谷川俊太郎の言葉を拝借するならば、まさに「心のダム」の崩壊である。この曲はあまりにも壮大すぎて、抱えきれない気持ちが決壊し、そうこうするうちに頬を伝う川になる。

松田晋二が綴った詞によって造られた楽曲たちは、平たく表現すると群を抜いて名曲揃いだと、個人的に感じる。「枝」をはじめとして、「汚れなき涙」、「蛍」そして「証明」などなど、彼特有の、胸を締め付ける言葉たちで彩られた楽曲は、枚挙にいとまがない。

「枝」。ここでは、生きとし生ける者が、生を授かってから死に至るまでを擬えたものとも言える。あらゆる選択肢の数々、逡巡しながらも確実に歩を進め、気づけば後ろに連なる軌跡。そうして織り成される人生は、「桜の枝のようにいくつにも別れまた繋がってく」*1のだろう。

これまでに為してきたあらゆる選択の数々を繋いだ場所、それが私たちの現在地だ。しかしながらこの先どう足掻こうとも、生にしがみつこうとも、あるいは生を擲ったとしても、いずれにせよ私たちが到るのは、死という結末である。過程はいくらでもあるというのに、その結果は皆同じだと思うと、些かの虚しさを禁じ得ない。

「繰り返してゆく中で何が生まれるのだろう」*2という切なる疑問を、生活のあちこちにしまい込んで、忘れたふりをしている、あるいはもうすっかり忘れてしまっているひとは、きっと少なくない。当たり前のこととして受容されていることについて疑問を抱くというのは、めまぐるしく移り変わる日々をなんとか超えようとする私たちの足取りを重くさせる一手でもある。

当たり前とされることを当たり前のこととして受け取り、その意味など問わずにいられるなら、おそらくそのほうが足取りは軽いにちがいない。それでも、歩くのをやめ、怯えながらも立ち止まることを選んだからこそ、見える景色があるということを、私はここで強調したい。

ただ日々を重ねるだけで、記憶は消失する。憶えていたかった出来事、うれしかったこと、小さな幸せ…。日記帳につけて記録したとしても、そうした出来事は、いたるところからぽろぽろと零れ落ちてしまう。憶えていたかったことほど、冬の吐息のようにあっけなく見えなくなる。忘れたいことに限って、鮮明に脳裏に焼き付いてしまうというのに…。そうこうするうちに「過ぎてゆく時の中で」*3私たちはいったい、「何を残せるのだろう」*4か。

死んでしまえば、今後いかなる爪痕も残すことはできない。私に関する新しい情報は、一切更新されなくなってしまうのだ。当然のことだがそれは、生きている者であるならば、等しく同じである。死んでしまった場合に残されるのは、ともに過ごした日々の記憶、語り出される思い出である。

しかしこれらは、亡くなった者を知っている人がいてこそ、残されるものでしかない。私が生き続け、かつ忘れない限り、記憶のなかにかろうじて生きる死者。そうした記憶をよすがとして、松田晋二の言葉で言うならば「悲しみを糧に」*5しながら「明日を迎える」*6ことができるのだろう(たしかに悲しみは他者を喪うこと以外にもあるのだが、ここではそれを度外視することを許してほしい)。

明日を迎える糧を悲しみだと言う彼が、どれほどの悲しみを背負ってきたのかは計り知れない。おそらく悲しみは、喜びやうれしさ以上に、良い意味でも、悪い意味でもあらゆる原動力にもなりえる強烈な感情なのだと思う。

生き続けることによって、喪った存在を明日へ、さらにもっと先へ連れてゆけるのだとすれば、大切な存在を喪った悲痛な想いは同時に、明日に向かうためのかけがえのない命綱にもなるにちがいない。「悲しみを糧に明日を迎え」*7ようとする生命力、そして未来に込められた切なる願いは、「過ぎてゆく時の中で」どうせいつかは「全てを忘れて」*8しまうのかもしれない。それでも、「僕たちは笑う生きてく悲しみを拭い去るように祝福するように」*9

悲しみを祝福するように笑えるようになるには、まだまだ時間がかかるにちがいない。それでも、悲しみが呪いにならないように、胸の奥に温かく、柔い心を忍ばせる。そうやって携えていくうちに、悲しい気持ちは、いつしか愛しい(かなしい)想いへと姿を変えるのかもしれない。

*1:松田晋二「枝」、2007年

*2:同上

*3:同上

*4:同上

*5:同上

*6:同上

*7:同上

*8:同上

*9:同上