メメント

両手いっぱいの好きなものについて

百行書きたい話

今まで「諦めてきたこと」に想いを馳せる。諦めたと言えるほど、心血を注いだものがなかったことに気付く。辛酸をなめる前に途絶えた点、おそらく線と呼べるほどの軌跡はない点。投げ出して放棄した数々。それらのなかで忘れられずにまだ燻っている意志を、ゴミにもなりきれなかった夢をもう一度掬いあげたい。できるだけ永い道のりになるように、尽きたとしても「諦めた」と言えるくらいには腐心できるように。

百行書きたい、軽率に寺山を真似る。悪びれることなく、嘯いてみる年の瀬。

大赤斑を見て目を回したい

土星の輪っかをゴーカートで走りたい

あの子の誕生日が知りたい

あの子の赤い眼にアンタレスを映したい

風力発電の羽根を掴んで大回転したい

桜の樹の下で一献傾けたい

愛猫のおなかに顔をうずめたい

モッコウバラのカーテンから透ける光を集めたい

黒子で星座をつくりたい

白い墨で身体に抒情を描画したい

誰よりも先に新雪に足跡をつけたい

謀略の生存戦略を企てたい

母の手料理を食べたい

父の盃を清酒で満たしたい

寡黙な妹の鋭い指摘を受けたい

祖母が編んだセーターを着たい

もう二度と会えない祖父と飲み明かしたい

25mプールでゼリーをつくりたい

入道雲に乗って昼寝をしたい

桜に攫われそうなあの子を連れ去りたい

極彩色の電飾を首から下げたい

下弦の月にぶら下がりたい

黒曜石の瞳を底の底まで見つめたい

ベルリンの街をもう一度闊歩したい

食べたことない食べ物を食べたいと思いたい

ラピスラズリになりたい

これまでの喜びや悲しみ怒りだとか憂いの数々を私の断面に金色で散りばめたい

悲しみをストレートで飲み干したい

澱になって堆積した悲しみにもYESと言いたい

思い出せないすべての記憶を手繰り寄せたい

故郷の夜空を眺めたい

春の光に溶け行く雪になりたい

割り切れないことの割り切れなさや余りを受け容れてみたい

誰かを思いやる気持ちを持ちたい

自分のため以外にも生きてみたい

うれしい出来事も悲しいことも忘れずにずっと憶えていたい

腹の底から思っていることを言葉にし続けたい

間違えたことこそ正しかったのだと高らかに主張したい

生存を賭けた苛烈さと熱情を孕んだ「好き」という想いをどこまでも連れていきたい

己が灼き尽くされそうになっても融解しない勁さを携えたい

もう一度生まれ変われるのだとしてもまた自分に生まれたい

ミネルヴァの梟の飛翔を目の当たりにしたい

積み上げた自己嫌悪と背比べをしたい

滂沱の涙に明け暮れたい

フタバスズキリュウの背中に乗りたい

星の葉を傘代わりにしたい

モールス信号で会話をしたい

西の浅瀬色に手を浸したい

あの子の泣き顔が見たい

失われた時を求めたい

銀河を遊牧したい

果たせなかった約束を果たしたい

線香花火の最期を見届けたい

睫毛が影を落とすあの子の横顔を眺めたい

生きるために生きたい

歩き続けるために歩き続けたい

トートロジー的なすべての動機を肯定したい

酩酊状態であるときこそ醒めきっていたい

白い背中に真っ赤な痕跡を残したい

ミラーボールが廻る空間で拳を突き上げたい

凛冽たる冬の空気で肺を満たしたい

後悔はないという後悔に打ちひしがれたい

二度と戻らない今日という日をもう10回繰り返したい

君が照らす誘蛾灯に軽率に引きつけられたい

言葉にできなかった感情たちの墓標を建てたい

それらの感情を供養するために私は私の言葉で話し続けたい

高層ビルのてっぺんから飛び降りたときに見えるすべての景色を掌握したい

高架下の居酒屋で巻けるだけの管を巻きたい

私秘的な場で物語の顛末を見届けたい

責任とは最後まで関係することだと意見したい

選ばれなかったことこそ値千金の待遇だったと断言したい

雪が街の音を吸収したあとの静謐に佇みたい

冬の朝は雪かきの音で目覚めたい

家族と食卓を囲みたい

やさしくなりたい

ビールを樽ごと空けたい

すべての水が取り除かれたあとの海を目の当たりにしたい

シーラカンスの隣を泳ぎたい

宇宙が膨張する速度についていきたい

今は笑えなくてもいつか笑える日が必ず来ることを信じたい

愛猫がつけた傷を一生携えたい

人生最期は「ありがとう」の言葉で締めくくりたい

ひだまりのなかでまどろみたい

私は私の言葉を紡ぎたい

潰えた希望を編み直したい

せめて諦めたと言えるくらいには決意したことに打ち込みたい

脆弱で持続性のない決意をそれでも決意と呼びたい

自分との約束を守りたい

守れる約束だけ結びたい

言葉にしたすべてを実行すると誓いたい

瑣末なことにこそこだわりたい

細部に宿る神と出会いたい

洗いたてのシーツとパジャマで夜を越えたい

ギラついた視線を放つ彼の虹彩をもう一度見たい

無い後ろ髪を引かれてみたい

冬の大三角を髪飾りにしたい

愛猫の墓前には野に咲く花を供えたい

現在進行形の悲傷や寂寥を祝福したい

大好きなものたちを軽やかなままずっと大好きでいたい

焚べてもらった命の灯を燃焼しつづけたい