メメント

両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN 「航海」|黎明を迎えた生命の音

「航海」は、いつぞやのマニアックヘブンで初めて聴いたのではないだろうか、と思って過去のセトリを漁ってみたのだけれど、該当するライブを見つけることができなかった。

もしかするとマニアックヘブンではなかったのかもしれない。とにもかくにも、あのライブで「航海」の印象がガラリと一変したというのに、核になる思い出だけ残して、ほかの記憶はどこかに消えてしまったらしい。

消えるのは悲しみだけではなくて、喜びも等しいのだということを突き付けられる無常。それはさておき、目の前で圧倒された瞬間、私が17歳だったときにはどうしようとも理解できなかった深度に沈み込んだ気がした。それだけはちゃんと憶えている。

滔々と緩やかに奏でられる音色が心地よい。春の海のようで「ひねもすのたりのたりかな」と表現したいくらいだが、ゆったりした旋律とは対照的に、風が荒れ狂い、雨が吹き付け、あまつさえ稲光が闇を射す情景が描出されている。

揺蕩う音が繰り広げられながら終盤に向かって壮大に拡がるのは音だけではない。そこからは、眺望とも言えるような広大な海が想起されるのだ。荒れ狂う海を抜けた先にきっとある、紺碧の海原が。この曲で描かれているのは、まさしく人生ではないか。

「風 荒れ狂う 雨 吹き付ける」*1ように重なる災難のなかを進み続けるには、どれだけの熱量と躍動が必要になるのだろうか。そんなふうに腐心した経験など正直なところ未だにない自分を顧みながら、「航海」に想いを馳せる。

ところで、「心の羅針盤に耳を澄ませ」*2と粋な表現をする山田将司のなかでは、心の羅針盤は、いったいどんな音を奏でているのだろうか。そういえば、銀河遊牧史のコラムで彼が書いていた「心に錨を」という表現も言い得て妙で、私の心がフッと掬われた気がしたのを思い出した。いつまでも安定しない心に、ずっしりとした錨を下ろして私も過ごしてみたい。泰然自若としていながらも、電光石火のごとく駆け巡るために。

終わることのない旅路をずっと続けてゆこう
探し続けてゆくことがきっと生きる意味だろう
山田将司「航海」、2007年

「終わることのない旅路をずっと続けて」いくことは、絶え間なく生き続けることとも解釈できるのではないだろうか。絶え間なく生き続けること、それ自体が「生きる意味」なのかもしれないと、憶測を繰り広げてみる。そういえば「旅人」には、「歩き続けてゆく為に歩き続けてゆくのだろう」*3という一節がある。カルペ・ディエムツアーのフライヤーには、「生きるために、活きる」というフレーズが掲げられている*4

同語反復的な目的は、大抵いかなる意味を持たず、真意を霞めることになる。それでも、歩き続けていくために歩き続けていくような動機づけが、生きることそれ自体が目的になるような理由が必要であることもたしかなのだ。

そんなわけで私は、THE BACK HORNトートロジー的な生を肯定してくれるところにいつも救われている。「生きるために生きる」というのは、一見すると袋小路に入ったかに思われそうな言葉ではあるけれど、受け容れ難さを残すところが、生を表しているようにも思える、というのは、こじつけが過ぎるだろうか。

そして僕ら傷付きながら
悲しみの中 幸せを知る
山田将司「航海」、2007年

幸せに関する様々な定義は、おそらく人の数だけあるだろう。そうしたなかでも、幸せは「傷付きながら 悲しみの中」で知るものだ、という見方は、いかにもTHE BACK HORNらしい諦観で、胸の奥を掴まれた。「誰もがみんな幸せなら歌なんて生まれないさ」*5という出だしから始まる「キズナソング」にも見受けられる、前向きな諦めの片鱗が一層愛おしい。

僕は生きる 全てのことを
受け止めてゆく 舵を取ってく
山田将司「航海」、2007年

「生きる」と決意すること、それは「生」を自身の肚に落とすことだ。そこには、つかみどころのない「生」をなんとなく生きていてはきっと体感することができないような切実さ、さらに言えば恐怖が付きまとうにちがいない。そよ風にさえ翻弄される一枚の葉のように、生と死のあわいを歩き続ける、そんな恐怖。

そういうわけで、「生きる」と決意することは、きっとすごい怖いことなのだと、最近になってジリジリと感じる。こんなことを感じるようになったのも、私自身がようやく「生きる」ことを受け止め、切望していることによる反作用に違いない。

稲光が射して切り裂いた闇のなかを進み、その先でようやく腑に落ちたのが「生きる」という解なのかもしれない。

「全てのことを 受け止めてゆく」*6にはまだ心許ない状態ではあるけれど、黎明を漸く迎えたばかりの「生」をいまさらながら祝福したい。

*1:山田将司「航海」、2007年

*2:同上

*3:菅波栄純「旅人」、2005年

*4::https://www.thebackhorn.com/feat/12th_al

*5:菅波栄純キズナソング」、2005年

*6:山田将司「航海」、2007年