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両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「さざめくハイウェイ」|雑踏のなかに漂う緊張感

なんだかこの曲、すごいマニアックじゃないですか。マニアックヘブンが近づいている時節柄だからそう感じたのかもしれないけれど。

たぶん、どんなライブであっても「さざめくハイウェイ」が差し挟まれたなら、「そうきたか…」と唖然とし、意表を突かれると思う。毎回のライブで必ずやるような曲ではもちろんないけれど、言うなればマニアックヘブン界の定番曲とでも言えるだろうか。

否、マニアックヘブンでも、そうお目にかかれる代物ではあるまい。「う~ん、マニアック」と思わずうなってしまう曲。それが私にとっての「さざめくハイウェイ」。

前奏の不穏さもいい味を出している。無機質に一定の拍を取り続けているところとか、これから何が始まるのだろうか、と訝しく思いつつも期待せずにはいられない。

前回の「覚醒」で、「覚醒」ってまだ新しい曲だよね!!?と言っておきながら、「さざめくハイウェイ」はなぜこうも年季が入った曲だと感じるのだろう。聴いた瞬間に「懐かしい…」と記憶の庭を追懐してしまう。

このアルバムが発売されたときにリアルタイムで聴いて、ツアーにも行って、幼いながらにめいっぱいの経験ができた当時のことを思い出すと、もう胸がいっぱいです。

要所要所で過去を思い出すから、不穏な曲調とは裏腹に、懐かしい想いに溢れるとともに穏やかな気持ちになるのかもしれない。こうした全てが今日まで続いていると思うと、実に感慨深いですなア。

ところで、あまり聞き慣れない「さざめく」という言葉。この言葉には次のような意味があるらしい。

1. ざわざわと音をたてる。にぎやかに音をたてる。
2. 大勢でよろこんだり、にぎやかに話をしたりして、あたりががやがやする。ざんざめく。
3. はなやかに時めく。はなやぐ。
4. 胸さわぎがする。ささめく。

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このなかだと「さざめくハイウェイ」の「さざめく」は、1. の「ざわざわと音を立てる」という意味だろう。ガヤガヤとざわついた雑踏といえば想像しやすいかもしれない。

この意味を踏まえると、寄せては返す波のように繰り返されるイントロは、無機質に往来する人の波を模したものとも捉えられるかもしれない。

雑踏というにはあまりにもこの前奏は綺麗すぎる。ただこの音の連なりを耳にすると、どことなくあてどもない様子を彷彿とさせる。人ゴミを行き来する有象無象たちは縦横無尽に動いているけれど、それぞれに行く当てがある。それとは対照的に動けない(動かない)でいる僕。

溢れだす人ゴミの中で
動けない 僕は動かない
山田将司「さざめくハイウェイ」、2008年

往来する人影をこの目で追ったら最後、確実に目を回してしまう。それは「まるで肉の海」*1であるシブヤを歩くと目が回りそうになるのと似ている。

思えば人ゴミというのは不思議な空間である。行き来する人々の波に呑まれ、眩暈がしたり恐れおののくこともあるのに、ふとしたときにあの群衆のなかにいると心が軽くなったりもするからだ。

まるで自分が透明になっていくような気分。誰でもないただの肉塊としての存在。そこから自分があたかも消えたかのような感覚に陥っていく。―――感覚に陥る自分がいるのだから、無論消えたわけはないのだが。

人ゴミに対する感じ方は自身の心の余裕に応じて変わってくるだろう。とはいえ、何者でもない何かになるという身軽さを体験するという意味では、自身の不在を感じるという不可思議さに漂うのは、必ずしもネガティブな印象だけではないように思う。

過去の自分がいるよ エスカレーターの上 僕に手招きしてる
タイムマシーンで果てしない未来へ
僕らは死んで 限りない想像の世界で
同上

「限りない想像の世界で」僕らが死んでしまうということは、もしかしたら人ゴミのなかで自分が消滅したかのような気分を味わうということに似ているかもしれない。自分が透明になっていくのを感じることだって、あくまでも想像の世界での出来事だから。

この部分だけに限らず、全体的に不穏さと一抹の緊張感が漂っている「さざめくハイウェイ」。こう感じるのは、どことなく追い立てられているような焦燥感を朧げに感じ取るからかもしれない。

たとえば終盤の間奏では、冷たい音が徐々に熱を帯びるように加速していく。この音の運びは、一段と滾る。こうしてスピードがじりじりと上がっていくさまから何かに追い立てられるような焦燥感、そして漂う緊迫した空気を連想したのだろう。

聴く者を惹きつけ、捕えてしまう音、音、音。どこまでいっても余すことなくかっこいいTHE BACK HORN。佳境を迎えると同時に潔く幕を下ろし、余韻に浸るいとまを与えないところもいい。

「世界を撃て」を皮切りに猛スピードで駆け抜けてきた序盤。このタイミングで呼吸を整えるかのように静謐な「鏡」が鳴る。どれもこれも、THE BACK HORNが手がける世界なのだな。本当に、美しい。

「さざめくハイウェイ」、マニヘブで聴けないかなア、と密やかに楽しみにしていますね!(これ、後続するすべての楽曲に対して言ってしまいそうですね)

*1:THE BACK HORN「孤独な戦場」、2003年