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THE BACK HORN「夕焼けマーチ」|ポップに彩る終焉

このアルバムのあまりの重厚さに11曲しか収録されていないことに驚きつつも、『人間プログラム』が幕を閉じようとしている。

このアルバムを通しで聴くと50分ほどの時間になるようだが、これほどまでに濃密な50分間はTHE BACK HORNだからこそ創出しうる時間だろう。「音楽は「時間の芸術」と呼ぶのが相応しかろう」と表現する吉田武の言葉が染み入るようにして腑に落ちる*1

これまで「アカイヤミ」こわい、「ジョーカー」こわい、と至るところで連呼してきたけれど、「夕焼けマーチ」が一番こわいかもしれないと思うのは私だけではないだろう。

『人間プログラム』の有終の美を飾る「夕焼けマーチ」。突き抜けた明るさが孕む狂気にちょっぴりゾッとしながらも愉快なメロディーをたらふく堪能する。

「夕焼けマーチ」のリズムとともに口遊みやすいところが好きだ。言葉の意味を考えずにリズムに合わせて歌ってみると、楽しげにエグいことをおっしゃっている…と我に返ることになる。それだけ愉快にポップであるところも「夕焼けマーチ」の魅力の一つである。

人間関係とうめいくもの巣
ヘリコプターの音で世界は破滅
THE BACK HORN「夕焼けマーチ」、2001年

真っ赤に燃える太陽が橙色と群青が絶妙なバランスで融け合っている空を泳ぐ。その情景に圧倒されて、ただため息をもらしてしまう。

時として、まるで世界が終わるのではないかと思わせるような夕焼けを目撃することがある。世界の終わりを目の当たりにしたわけでもないのに、世界の終わりを想像してしまうというのは実に不思議なことだ。真っ赤な空を見たときに、なぜひとは世界の終焉を連想してしまうのだろうか。

辺り一面を染めるオレンジ色はとても綺麗だけれど、それは同時に夜の到来を告げるものでもある。ここから一日の終わりを悟るから、はたまた今日が死ぬことを実感するから、夕焼けを見るとそこはかとない寂寞を抱くのかもしれない。夕焼けはこんなにも綺麗だけれど、得も言われぬ寂しさを告げもする特別な存在である。

だから「夕焼けマーチ」からも終わりを感じ取るのかもしれない。たしかにこの曲は『人間プログラム』の最後の曲でもあるけれど、夕焼けが題材であるところにも大きな理由がありそうだ。底なしのポップさのなかに息衝く終焉。これこそ「夕焼けマーチ」をどことなくこわいと思う理由なのかもしれない。

置いてゆくのは何もない
涙も連れてゆけばいい
同上

THE BACK HORNの吹っ切れながら全部を肯定しようとするところが本当に大好きだ。たとえば叶わなかった希いや消したい過去というものからは、得てして目を背けがちである。が、こうしてお茶を濁したところで、ふとした拍子にこれらの古傷が疼くことは言うまでもない。

こういうときに「涙も連れてゆけばいい」と言ってくれる肯定は何よりも心強い。今日の明日で折り合いをつけられることはほぼない。酒を醸すようにしてじっくりと時間をかけながら醸成されるのを待つしかないとき、私にできるのは誤魔化すことでも、捨て置くことでもなく、受容することなのだと思う。

とはいえ、言うのは簡単だが、実際に受容するのはやっぱり難しい。踏みにじりたい過去を、悪夢にまで見る過去を連れていきたくない気持ちのほうがよっぽど強い。であれば、こう感じていることそのものをまずは受け容れてみてはどうだろうか。そうすれば悪夢を見ることは減るだろうか。希望的観測とご都合主義。

無理やり消そうとしても消えないのだから、吹っ切れるところまで連れていって、気付かぬうちに消えていたらいいと思う。こうした方法で感情を供養することだって間違いじゃない(と思いたい)。

憂鬱な毎日なんて
笑って吹きとばせばいい
同上

最後の最後まで余すところなく楽しげに楽器を鳴らしているところがとてもいい。ラッパも笛もタンバリンも総動員で、ところどころ調子はずれな音を出しているところが味があっていい。タンバリンとか笛を鳴らして思わず笑ってしまうみんながこのうえなく愛おしいし、仁平さんも登場しているのだから、とっても豪華な楽団である。

陽が暮れればやってくるのはたしかに夜だけれど、飽きもせずにまた陽が昇ってくる。無情な繰り返しを愛おしいと思えるようにはまだなれそうにないけれど、「憂鬱な毎日」を笑って吹きとばしてくれる「夕焼けマーチ」はどこまでもポップで、どこか狂気を忍ばせていて、それでもやっぱり心強い歌である。

『人間プログラム』を改めて紐解くと、その圧倒的な存在感にぶん殴られたかのような衝撃が走る。何度聴いても内側から込み上げてくる熱を言葉に変換することはできたのだろうか。迷いながら、これでよいのかと自問自答しながら、この先も興奮や喜びを少しでも言葉に翻訳できればいい。新しい自分を知ることができればいい。THE BACK HORNをもっと好きになったらいい。

『人間プログラム』ありがとうございました。次も未定なので、酒でも飲みながら決めようと思います。年内にもう1枚書きたいな。まあ気長に。

*1:吉田武『虚数の情緒――中学生からの全方位独学法』、東海大学出版部、2000年