メメント

両手いっぱいの好きなものについて

情動を灯し続けろ

自分でそう感じているだけだから、〈光〉が私を意図的に追い詰めようとしているわけではもちろんない。ただ、やむにやまれず、そう感じることから抜け出せなかった。これはその記録である。光に追い詰められ、光から逃げた私がもう一度光に向かって進もうとする話。

私にとって〈光〉とは音楽、さらに言えばTHE BACK HORNであり、amazarashiである。後者は私にとって光と影が一体になっている存在でもあるから、突き詰めれば光とはTHE BACK HORNその人たちを指す、と言ってもいいかもしれない。

光、もといTHE BACK HORN。私にとってTHE BACK HORNは自身を貫く存在であり、魂である。

でも、そんな光にも触れられなくなることが、時々ある。定期的に彼らの音楽を聴けなくなるのだ。もちろん、食指が動かなくなったからではない。考えても考えても、その理由は今でもよく解らない。

そのときの感覚は、眩しすぎる光から逃げ出したくなるような感じ、とでも言えばいいだろうか。逃避している最中にあたかもサーチライトで照らし出されるような思いがして、光が放つ眩しさに耐えかねるのである。まさに〈光に追い詰められている〉という感覚を抱く。

あらかじめ強調しておきたいのは、THE BACK HORNという光を否定するつもりは毛頭ない、ということである。これはあくまでも自身の弱さに起因した逃避行に過ぎない。彼らが自身に掛け替えのない存在であることは揺らがない事実である。

とはいえ、掛け替えのない存在であるという事実は揺らがずとも、自身の情緒は容易く翻弄される。一枚の葉が風や波に煽られるように。不安定な情緒のままだと、光に手を伸ばすことさえできなくなるのである。

これといって明確な理由はないが、なぜか敬遠してしまう。好きだと誰かが話しているそれさえも、耳にも目にも入れたくない。光が放つ眩しさが時に途轍もなく怖くなって、その眩しさから逃げ出してしまう。今回に限らずとも、定期的によく起こるこの事象。

言ってしまえば、心が疲れている、その一言に尽きるのかもしれない。では、どれだけ待てば恢復するのだろう。それに、そんなもの、どこでどう判断することができるだろう。たしかに蠢く違和感を、どうすれば紐解くことができるだろう。

明確な答えは出せないまま、何も腑に落ちないまま、今日が明日になっていく。

こうなるたびに痛感するのは、心に元気がないと文章を書くことはおろか、大好きな音楽も聴けなくなる、ということである。それどころか、あまつさえ自己嫌悪も首をもたげてくる。

何もできない、好きなことすらままならない、いろんな人の交流を見るのでさえもつらい。毎度のことだと解っていながらも、あまりにも不適合が過ぎる。

こんなときに、できることは何があるだろう。ボロ雑巾みたいになった精神を引っ提げて少しばかり浮上してきた最中でようやく思えてきたことがある。

それは、愚直に、ただ待つということである、と。

待つことは不安である。いつになっても、そのときは来ないかもしれない。もしかすると、もうずっと聴くことができなくなって、そうこうしているうちに、指の隙間から砂が零れ落ちるように大切だった気持ちも無くなってしまうかもしれない。そうした恐れがたしかな不安になって行く手に影を落とす。

焦ったところで、音楽さえ聴けない状態である。他のことができるとは到底思えない。それでも、唯一できそうなことである〈待つこと〉さえもせずに、わかりもしない未来に怯えることも性に合わない。

ボロ雑巾みたいな精神を引きずっているくせに強がりたがるのが私である。

だから、思い切って、あきらめモードで腰を据えてみることにした。幸いなことに、なすすべもない私にできることがあるとすれば、待つことである、と思える精神は残っていた。いつになるかは知らないよ、と嘯きながら、待ってみようと思った。

不思議なもので、そんなふうにしてあきらめモードにさしかかったときに、あるいはさしかかったときだからこそ、やおら動き出すものがあるらしい。

ふとしたときに甦る歌詞が胸を叩く。そのたびに思い浮かぶ。彼らの歌とともに、これまで一緒に生きてきたではないか、ということが。滲んだ油性マジックに触れて涙が出てくるくらいには、掛け替えのない想いが心に根付いているということが。

できるだけ客観的に、かつ冷静になって振り返ってみても、15年以上好きなものは、そうそう自分のなかから抜けるわけがない。これは何も私に限ったことではないはずである。15年以上好きな何かを、そう容易く手放せるものか。

たとえどれだけ遠ざかっても、もしかしたら離れてしまったとしても、それを好きだったことは、形を変えながらも自分のなかに確実に残るはずである。

3日坊主の私が15年も好きなものはほかに何があるよ。いい加減自信を持てよ。意気地のない自分に向かって、強がりな自分が発破をかけるようである。

しばらくの間聴けなくても、たぶん大丈夫。好きだと思う気持ちはたしかだって、自信をもってあげていい。

それらを思う気持ちがたしかだと自信をもってあげることは、たとえそれがどれだけ幽かな光だったとしても暗闇に差し込む光であることにはちがいない。

もしかすると、遠ざかることによって、改めてその光を欲するようになることがあるのではないだろうか。近すぎるとたしかに眩しすぎて何も見えなくなるから。どんなときも適切な距離を保つことはとても大事なのかもしれない。

今だからようやく言える。光に追い詰められているならば、その光から遠ざかって、もう一度そこに向かって進めばいい、と。

失った光を改めて取り戻すことで踏み出せる一歩がある。そんなふうに考えることもできそうである。

彼らはいつだって煌々と輝いている。見失うはずがない光である。それを目印に進むことは、これまで何度も性懲りもなくやってきている。

きっと、あと少しで聴けるようになる。あと数日もすれば、あるいは、数週間すれば。今はまだ手を伸ばせなくても、何度でも手を伸ばせばいい。戻ったり進んだりしながら、自分なりに愛したらいい。誰と比べるものでもない。

その日が来るまで、何でもいいから書き残せ。彼らの楽曲について書けなくてもいい。感じたことをできるだけ書き残せ。虚無に蝕まれるな。できるかぎり情動を灯し続けろ。

THE BACK HORN「夏草の揺れる丘」|心に咲く大切な言葉

なにやら名状しがたい想いが疼いている。言葉にすることは世界を分節するには必要な過程だと思う反面、何でもかんでも言葉にしようと躍起になるのはいささか無粋である。どこからどこまでがそれらの範囲に該当するのだろう。

それはそうと、「夏草の揺れる丘」について。悲しみを知ったやさしさを凝縮したら「夏草の揺れる丘」になりました、みたいな感じがする。表現の限界が来ている。

夏、ひぐらしが鳴く頃に聴きたい曲である「夏草の揺れる丘」。夏の歌縛りでセットリストを組めるくらいには、THE BACK HORNが描き出す夏はふんだんにある。しかも彼らの夏が魅せる表情は千差万別で、それぞれの趣がしっかりと息衝いているところもたまらない。

たとえば「8月の秘密」みたいに炎天下の夏を蜃気楼とともに浮かび上がらせる曲もあれば、「蛍」のように少しだけ暑さが収束した夏の夜を凛々と奏でる曲もある。

それらとは異なって「夏草の揺れる丘」における夏は、「宵待ち」という歌詞からもわかるように、夕方から夜に差し掛かる黄昏時の情景が描かれている。西の空で朱と紺碧が出会う頃と言うとひぐらしの鳴き声が思い起こされるのだが、ここでは「祭囃子が遠く聞こえる」とあるから、もしかするとひぐらしの鳴き声は祭囃子よりも控えめに響いているのかもしれない。

「夏草の揺れる丘」を聴いていると、望郷の夏が鮮やかに立ち現れると同時に切なさも込み上げてくる。遥か遠い昔に匿った夏は、なぜこんなにもやさしい表情で笑うのだろう。

そもそも「夏草の揺れる丘」は浄化作用が強すぎる。そういう意味では、情緒をめった刺しにしてくる殺傷力がこの曲にはある。穏やかな歌が情緒をそっと撫でるわけではないということは、THE BACK HORNの歌を聴いてきて身をもって知ったことでもある。

彼らの楽曲に限ったことではないのかもしれないけれど、綺麗すぎるもののほうがある意味では劇薬で、それがガツンと響いて瀕死状態になることって、結構多いよな。

たとえば初夏を彩る木々、路傍に繁茂する草花。彼らの色彩は灰色の街では目立ちすぎるから、率直に言うと目が痛い。同時に溢れだす生命力をこのうえなく感じるほかないから、鬱々としている自分には眩しすぎる。美しいことは解っているけれど、それが結構つらかったりする。生命の躍動は、創造していながらにして、実は相当な破壊力を秘めている。

横溢する生命力がこの曲に座を占めているわけではないけれど、「夏草の揺れる丘」は、綺麗すぎる思い出があたかもそこにあるかのように思わせる力があり、さらには、そのありもしない思い出だとか望郷に私たちを引き寄せもする。この曲が秘める引力は、途轍もない。

曲自体の魅力もさることながら、THE BACK HORNらしさが詰まった言葉たちにも恍惚とする。たとえば次のフレーズ。

世界中の悲しみを憂うなんてできねぇさ

せめて大事な人が 幸せであるように

THE BACK HORN「夏草の揺れる丘」、2022年

THE BACK HORNらしさ1億%の言葉たちに心からの安心を覚える。世界平和だとか、愛の力だとか、みんな仲良くとか、〈それっぽいなんかいいこと〉を言うのは容易いが、彼らはそれを絶対にしない。過度な装飾が施されていない言葉だから、彼らの言葉は聴き手めがけて一直線に響く。

こうした姿は「一つの光」における「置き去りの痛みも 輝ける未来も 全てを愛せないから あなたを愛せた」という歌詞にも通じていると思えてならない。

限られた範囲があるからこそ、心から祈ることができること、言い換えれば、心の底から想えることがあるということを、「夏草の揺れる丘」は教えてくれる。言葉や想いの重みはこうしたところに宿るはずだと、私は信じている。

私も心から願おう。「せめて大事な人が幸せであるように」。当てどころのない祈りを捧げるよりも、少しくらいは信ぴょう性もあるだろう。

ところで「夏草の揺れる丘」と言えば、何度も反芻した歌詞がある。この歌詞にも幾度となく救われたし、今でも胸に煌々と灯る光である。今日を越えるためのたしかな糧である。

明日は分らぬのに 人は約束をする

いつかまた会う日まで 生きる意志なのだろう

THE BACK HORN「夏草の揺れる丘」、2022年

己を明日に向かわせてくれる言葉は、たしかな救いであり道しるべでもある。この言葉を思い浮かべながら、何があるか分からない明日が押し寄せてくる日々を、何度泳ぎ切れたことだろう。暗闇を照らし出す灯台さながらの眩しい言葉である。

何百回足を運ぼうともライブは私にとって非日常である。が、たとえ非日常であろうともライブが「生きる意志」を固めるには十分すぎる約束であることに変わりはない。そんなふうに自分を少しずつ誤魔化しながらも、明日へを歩を進めることができれば上出来だろう。

現実の空 日々の憂いが 雨になって落ちる

諦めばかり巡る夜もあったけれど

今 雷鳴が 胸を叩く

もがきながらまっすぐに立てと

THE BACK HORN「夏草の揺れる丘」、2022年

生活に潜む悲しみと、それを撫でるようなやさしさと、それから、そのあわいを漂う切なさによって編み出される情緒を、何と名付けたらいいだろう。

日常における憂鬱とその痛みを的確に言い表す汀優りの表現力に、雷に打たれたような衝撃が走る。

いつ聴いても〈なんか、大丈夫だ〉そう確信させてくれるのがTHE BACK HORNである。

こんなにも勁い歌が私には宿っている。私のなかに脈々と生きている。私のなかにたしかな脈動とともに生きている。

何処まで行けるかは分からない。が、たしかに何処までも行けそうな気がしてくるのだ。

何度でも歩き出せる

何処までも行ける気がする

THE BACK HORN「夏草の揺れる丘」、2022年

懐に忍ばせておきたいと思うのは、この歌詞も例外ではない。そんなふうにして日々に溶け込む言葉たちが、THE BACK HORNの歌のなかにはたくさんある。

ふとしたはずみに脳裏を掠める歌詞が思いもしないヒントになったり、救いの一助になることがある。

いつでも思い出せるところに歌詞を忍ばせておく。

そうすれば、それらが何かの拍子に飛び出した言葉が、自身を繋ぎ止める命綱になってくれるにちがいない。

いつでも思い出せる言葉があるということは、たぶんまだこの世界に留まることができる、ということを意味するからである。

そうした言葉が我が身を奮い立たせて、自分の足で新たな一歩を踏み出す契機にもなる。

たしかに歩き出すのは自分次第ではあるが、自身が歩き出すための原動力になってくれるのは、音楽をはじめとする他者によるところが大きい。

自分が愛するものたちに幾度となく背中を押してもらう。自分の番は、それからである。大切なものたちに何度も何度も力をもらってから、自分にしかできないことを自分がやる。立ち上がるのも、歩き出すのも。命を支えてもらったり、支えたりしながら、生きていく。

ともすると先行きを見失ってしまう。だから、繰り返し銘記しよう。「何度でも歩き出せる 何処までも行ける気がする」ということを。

THE BACK HORN「涙がこぼれたら」|俺の言葉で伝えたいこと

音が跳ねるってこういうイメージなのだろうか、と「涙がこぼれたら」をこれまで聴いてきて思う。「涙がこぼれたら」は2002年8月28日にリリースされたTHE BACK HORNの4枚目のシングルである。前作は「世界樹の下で」。こちらは同年5月29日に発売されていて、どちらの曲も『心臓オーケストラ』に収録されている。

なぜこのタイミングで「世界樹の下で」について言及したのかと言うと、「涙がこぼれたら」のなかで明示される「『兵士の歌』」*1とは、「世界樹の下で」のことを指すのかもしれないと思ったからである。

この部分しか登場しないので真偽のほどは定かではない。地の文が鍵括弧でくくられているので、何かを、言い換えれば「世界樹の下で」という楽曲を象徴するのかもしれない、と感じた次第である。

翻って「涙がこぼれたら」のB面が「ガーデン」というところも超絶にアツい。たった2曲かもしれないけれど、この2曲には情緒をめった刺しにするには十分すぎる威力がある。

「ガーデン」について語りだしたら止まらないので、この場で一つだけ言わせてほしい。2023年6月14日に25周年を記念して発売される予定の『REARRANGE THE BACK HORN』。これに収録される「ガーデン」が心の底から楽しみだ。脳汁が吹き出しそうである。

ところで、「涙がこぼれたら」に秘められた〈切実さ〉の正体は何だろうか。何とはなしに聴いても胸に迫るものがあって、心が無性に掻き立てられる。そういう意味でも、「涙がこぼれたら」という歌は、意図せずとも胸が震える歌である。

ものすごい速さで颯爽と駆け抜けていく切なさが刻みつけるのは、もはやトラウマに等しい。

「涙がこぼれたら」で汲々と押し寄せてくる〈切実さ〉は、印象的と言えばそれまでであるが、やはりそれ以上に絆されそうになるというか、絡めとられそうになるような引力を秘めているようにも思える。

〈切実さ〉の震源は一体どこにあるのだろうか。個人的に思うのは、汲々と押し寄せる〈切実さ〉の正体とは、俺が俺であろうと本気で想う心意気、言い換えれば俺が俺であるために自分の言葉を使うことではないかと思う。

ここではそう思った経緯をなぞりながら、その核心に触れてみたい。

胸の奥で張り裂けそうな

想いはきっと真実だろう

THE BACK HORN「涙がこぼれたら」、2002年

何が本当の想いなのか、とか、これは本当に思っていることなのだろうか、と自問自答することはままある。自分のことなのに、自分の本心が読み取れないことは茶飯事だったりもする。

が、ここでTHE BACK HORNが示したように、自分が抱えているものが「胸の奥で張り裂けそうな想い」だとすれば、それはきっと信じてあげてもいい代物なのかもしれない。

というのも、その肯定とともに、私たちははじめて筆舌に尽くしがたい想いの核心に迫ることができるのかもしれないのだから。そうした淡い期待を抱かずにはいられない。

どれが愛だとか、どれが恋だとか、あるいは憧れだとか、はたまた思慕だとか、そのどれかに自身の感情をあてはめることが重要なのではない。

大切なのはあくまでも、胸に迫る〈切実さ〉がその想いに伴っているのか、ということである。そして私たちは、醒めた頭でそれを見定める必要がある。

胸が震え涙がこぼれたら

伝えなくちゃいけないお前の言葉で

THE BACK HORN「涙がこぼれたら」、2002年

言葉が感情に追いつかなくなると涙になる。情動の揺さぶりに言葉が追い付かなくなることはたしかにありふれたことではあるが、一方でこれは言葉の放棄とも言える。

そう自ら主張しながらも、〈どうにもこうにも言葉にならないから涙になるんだろうが!〉と自分自身にツッコミを全力で入れたい。そうは言っても、やはり感情の言語化には時間をかける価値がある。

なぜならば、感情の集積からしか見えてこない情感が必ずあるからである。自分の感情を整理し、言葉にすることではじめて明かされる心のうちに気付くことができるからである。

ところで「俺が俺である様に胸は鳴る」*2とあるように、THE BACK HORNにとって、胸の高鳴りは「俺が俺である」ための証左にもなっている。

では、その発信源は何だろうか。想像ではあるけれど、〈俺の言葉で胸襟を披き、語りだすこと〉に手がかりがあると見ている。

胸が高鳴るような想いが込み上げてくる主体は、紛れもなくこの〈私〉である。そして〈私〉だからこそ感じ取ることのできる感動が世界には存在していて、〈私〉はそれを〈私〉なりに受け取る。

千差万別の受け取り方があるなかで、ほかの誰でもない〈私〉だからこそ打ち出せる言葉、紡げる想い。それらを愚直にひたむきに言葉という形に残せたら〈私〉であることを、もとい「俺である」ことを、少なくとも自分自身のなかには確実に残せそうに思うのである。

だから、まずは自分だけが満足できる言葉でいい。有益なことばかりがしきりに求められる世界だからこそ、たとえほかの誰かに無益とそしられようとも、自分だけはその言葉や感情を大切にして、できるかぎり掬うことが、自分には必要な段取りだと思う。

自分にかかわることだからこそ、せっかく感じることができた想いや感情を一人置き去りしないためにも、蔑ろにするすべてを無視していい。

諦めてしまった言葉の数々は亡霊のように虚空を彷徨う。供養されることもなく濁された言葉だけが滞留し、ふとある時点で頭をもたげてくる。そうこうするうちに、目を逸らすにも逸らせなくなる。

そうなるくらいなら、できるだけ言葉にしたほうがいい。それももちろん、ほかならぬ「お前の言葉で」である。

取って付けたような言葉を繰り出すことは容易いけれど、そうした言葉の端々に自分は言うまでもなく不在で、結局のところ何も残りはしない。爪痕を残すなどもってのほかである。

誰かの言葉を血肉にした末の表現であってもいい。言葉を道具とするのであれば、自分で見つけた自分なりの言葉で話すことが大切なのだ。〈ごっこ遊び〉から抜け出し、自分の足でこれから先を歩みたいのなら。

いつかみんな大人になってゆく

傷つくことに怯え言い訳をしてる

走れ夜が明けてしまう前に

伝えなくちゃいけないお前の言葉で

THE BACK HORN「涙がこぼれたら」、2002年

「お前の言葉で」伝えなければならないことはどれだけあるだろう。

そういうのはたいてい泥臭くて、暑苦しくて、目も当てられなかったりもするのだけれど、本気で伝えようと試みるところにしか咲くことのない想いが必ず存在していることもたしかである。

感情論みたいで恐縮だが、本当に、感じていることだとすれば、それはきっと伝わる。それがどんな相手であっても。雲をつかむような話ではあるけれど、自分が伝えられる側だったときに、そう感じたことがある。

そうだとすればその逆もしかりで、私が本当に思っていることであれば、たしかな重みを伴ってきっと伝わるはずである。

だから繰り返し伝えたい。THE BACK HORNが心の底から大好きであることを。これこそ俺にとって「俺が俺である様に胸は鳴る」気持ちである。

そういえば、アントロギアツアーをはじめとして2022年は「涙がこぼれたら」を堪能する機会はたくさんあった。野音でも聴けたし。2022年は「涙がこぼれたら」イヤーだったと言ってもいいくらいだった。

様々な節目で聴いていながらも、こうして書いてみて初めて気付く「涙がこぼれたら」の表情には、驚きと感動で目を瞠った。自分でもにわかには信じがたいのだけれど、どうやら、THE BACK HORNを好きになる余地はまだまだあるらしい。

この想いはどこまでいけるのだろう。自分の想像を超える感情に手が付けられない。光に吸い寄せられる羽虫のように、気の赴くまま、どこまでも行けよ。

*1:THE BACK HORN「涙がこぼれたら」、2002年

*2:THE BACK HORN「涙がこぼれたら」、2002年

THE BACK HORN「ゲーム」|たしかなリアル

書くときには改めて音源を聴く。繰り返し聴く。そこから言葉を手繰り寄せる。自分のなかに沈潜する言葉を、あるいは芽吹く言葉を。

でも今はなぜか「ゲーム」の対極にあると言えるくらいに穏やかな「ぬくもり歌」を聴いている。なぜだろう。なんだか無性に聴きたくなった。

それはさておき、「ゲーム」という曲について。

前曲「ワタボウシ」の幻想的な佇まいとは打って変わって鳴り響く怒号。THE BACK HORNらしい怒涛の勢いと爆音は、辺り一面の雪を蒸発させるがごとき熱で台頭する。

「脱落者 今日は 自分かもしれない」*1という歌詞が妙に刺さって、身につまされる思いがしする。理由もなく、ギリギリのところで生きていると思いながら過ごすのは健康とは言えないけれど、誰もが平等に脱落者になりうるのはたしかなことである。

どう転ぶか分からないから、せめて自分が肯けることをする、肯ける方向へ進む。たとえそれがどれだけ小さな選択であっても、その繰り返しによってその人は徐々に形成される。だからこそ、違和感を覚えたならばそれを看過するべきではない。それが名状しがたい違和感であったとしても。

このままでいい そんな訳ねえさ
耳を塞ぐなよ
同じ言葉話す お前よ
THE BACK HORN「ゲーム」、2002年

THE BACK HORNには、自分に向かって言い聞かせるようなフレーズが散見される。たとえば上記は「赤眼の路上」に登場する次のフレーズにも、そこはかとなく通じる精神性があるように思える。

絶望孤独月明り
死にゆく勇気なんてない
それなら生きるしかねえだろ
THE BACK HORN「赤眼の路上」、2003年

「ゲーム」では、自分自身に向かって放つ言葉なのか、はたまた他者に向かって投げかける言葉であるかは定かではない。が、自分の想いがしっかりと乗った言葉にはちゃんとした重量があるのはたしかなことである。「赤眼の路上」もしかり。

同じ言葉や紋切型の言葉、言い換えれば本当に自分の頭で考えたうえで発しているのかわからない言葉を繰りだすひとは思いのほか多い。

だからこそ、繰り返し、銘記する。自分の頭で考えるべきであるということを。考えたことがない、というのは思考停止に等しい。

「このままでいい」と甘受しないならば、否応なしに考えることが必要である。そこから打破できることが必ずあるはずだから。

こう書きながら思ったのは、これは自分自身に放ちたい言葉なのかもしれない、ということである。このままでいい、なんて一つも思っていないなら、それでは、そう思っている自分には何から着手できそうだろう。どんなふうに一歩を踏み出せるだろう。

次のフレーズが切実な意味を帯びて自身に降りかかってくる。

何がリアルだろう 何が出来るだろう
THE BACK HORN「ゲーム」、2002年

生きている感覚とか生きている実感が乏しいわけではない。それでも、無意識に日々を繰り返すことで奪われていく感覚があることはたしかである。

何も考えないことが当たり前になったとき、大切な何かを失ったことにも気づかずに淡々と暮らせてしまうことはおそろしくも容易に想像できる。

考えないということは、生きている感覚を薄れさせるにはうってつけの方法なのかもしれない。

私は、と言うと、〈今ここ〉とか〈明日〉とかの1点に縛られるのが自分のリアルになりつつあったことが最近では何よりも恐怖だった。これから先のことも何も思い浮かべられずに、ただ日々に追われ、気付いたときには今日が終わっていく。ともすると安易に自分の所在を見失ってしまう。

気力を保たないと、明日より先に希望を託すこともままならない。少し先の未来に思いを馳せるなんてもってのほかである。

だからこういうときは、多少手荒くとも、視野を強制的にこの先に向けてみることが肝要なのかもしれない。最近になって身をもって知ったことである。

強制的にライブの予定を立てる。旅行に行ってみる。髪を切る予約をする。今から少し先の季節に着る服を買う。

そうやって、心が躍る経験を重ねてみる。未来の自分が呼吸をしやすくなる道を〈今ここ〉で選択する。そう思える気持ちがあるなら、まだきっと大丈夫であろう。

翻って、私に何ができるのかは正直なところ分からない。では、所在不明の潜在能力が目覚めるのを待つのか?否、残念ながらそこまで夢見がちではない。

それでも、「何がリアルだろう」と自問自答するとき、そのひとつにTHE BACK HORNの歌があることは紛れもない事実である。

囚われの意識を叩き起こしてくれるのは、山田将司の咆哮も例外ではない。

ほかにも様々な「リアル」があるなかでも、自信をもって肯ける「リアル」には、THE BACK HORNという世界も含まれているということを高らかに主張したい。

ところで、「ゲーム」とちがって、嫌になったり失敗してもリセットできない。無敵のスターや強化キノコもおそらく存在していない。あまつさえ、+ 100のライフだって持てそうにない。

ゲームのなかにもそれなりの苦労や物語もあるだろうが、画面のなかに留まらない〈人生〉において、「人生はゲームなんかじゃない」ことを知りながら、私たちはそのなかで足掻いている。

何か意味があることにちがいないと思わずには折り合いがつけられないことだってある。未だに引きずってしまう拒絶もある。

それらを殊勝にも誤魔化したり、自分をあやしながら歩を進めることで、目の前に広がる「リアル」とどうにか折り合いをつけていく。

そのさなかで、人生はゲームのように最初からやり直せないが、途中で編み直せることを知る。

あるいは、無敵のスターほどではないにしても、思いもよらない僥倖に出くわしたりもする。

そして、+ 100のライフは持っていないけれど、1回分のライフしか与えられていないなかで、真意をはかりかねながらも、一度きりの人生を自分なりに成形し、生きていく。

叫んでやれ 生きてることを
声が無くても 歌えるから
THE BACK HORN「ゲーム」、2002年

生きているということを高らかに掲げることは他の誰でもなく、自分に対して必要なことである。だって、今もこうして生きている。当たり前のように見えて、これはすげーことだ。

いつ死ぬか分からない、そんな人生を、今日だってこうして生き延びている。

当たり前に思うかもしれない。でも当たり前なんてことは何一つない。

だから、今日もこうして書き殴っている。絶対にまだ死ねない。まだ終われない。

だから叫べ、生きていることを。どうか高らかに主張するのだ。だってこれはオオゴトなのだから。

*1:THE BACK HORN「ゲーム」、2002年

THE BACK HORN「ワタボウシ」|静と動、光と影

THE BACK HORNのアルバムは、収録されている楽曲たちの目覚ましさもさることながら、タイトル名がとにかくどれも異彩を放っている。たとえば『人間プログラム』、『イキルサイノウ』、『ヘッドフォンチルドレン』、そしてもちろん、この『心臓オーケストラ』も。簡潔に表された言葉の連なりに何度も胸を打たれ、恋に落ちている。

『心臓オーケストラ』を手にしたのはいつだろう。裸足の夜明けのときに聴いた「野生の太陽」を知らなくて、それから購入したような気がする。たしかあれは、今はもうなくなってしまった、小さな薄暗いCDショップだった。

例にもれず、私も中二病の罹患者だった。周囲の人と関わるよりも、iPod片手に爆音を流して集団を避けている方が心地よかった。お前らが知らない世界を私は知っている、と優越に浸りたかったのかもしれない。我ながら幼すぎて正直きまりが悪いけれど、誰にだってそういう時期があるような気がする。

魔法陣を書いたり、邪眼が疼いたりしたわけではないけれど、枕に顔をうずめて足をバタバタしたくなるようなことは、人並みにある。

そんなふうにして、ささくれだった17歳の心に『心臓オーケストラ』は最高に響いた。通学中に電車に乗りながら聴く「ゲーム」とか、最高に滾ったことを憶えている。

思春期真っ盛りの情緒を刺激しまくった『心臓オーケストラ』。このアルバムでは、バッキバキに押し寄せる曲たちも印象的ではあるけれど、それらとは対極にある〈静〉が一層際立つ曲がとても味わい深いのも『心臓オーケストラ』ならではの魅力だ。

たとえば1曲目の「ワタボウシ」。手のひらに掬った新雪のように、あっという間に溶けてしまいそうなほどの儚さと、進路を照らし出す一条の光を思わせるようなしなやかさがこの曲には同席している。静寂と轟音が手を取って織り成す調和に、一心に耳を澄ます。

妖しげな音が反響するとともに広がる音。曲名に掲げられているとおり、雪明かりさながらの夜が広がっているようだ。ときに雪は、夜とは思えないほどに世界を明るくすることがある。

雪明りの風景を思い起こすからなのか、あるいはマニアックヘブンVol.14で目の当たりにした情景が今もなお鮮烈だからか、「ワタボウシ」は途轍もない光を放つ曲である。言うなれば、まさしくステージのライトみたいに眩しくて、目がくらみそうになる。

夏の歌を筆頭に、季節が分かる歌はとても好きだけれど、やっぱり雪の描写がなによりも好い。雪の情景が描かれている歌は、なぜか情緒を攫っていく。そんなところが、このうえなく好きなのだ。

たしかに毎日見ればうんざりもするだろう。たとえば、水を含んだ雪が氷になって一面スケートリンク状態になる日本海側の街をかつては呪っていた。ちっとも歩けやしないし、油断すると容易にスッ転ぶし。

それでも、雪を嫌いになることはできなかった。もしかすると、人生の大半を雪国で過ごしてきたこともあって雪は生活の一部だったからかもしれない。

夜なのに世界を明るくしてしまうところとか、それから、音を吸収するところとか、雪が醸し出す世界はそれに特有である。

たとえば、自分が雪を踏みながら歩く音以外、否、あるいはその足音さえも、雪は吸い込んでしまう。こうして静寂は世界を掌握する。

「ワタボウシ」では、まさしくその静寂が鮮やかに表現されている。

夜の雪は 無音の中で

歌うコーラス隊

しんしんと ただ 時を忘れて

踊るワタボウシ

THE BACK HORN「ワタボウシ」、2002年

雪がひとしきり降るさまを「踊る」と表現していながらも、そこは無音の世界であって、雪が音を吸収していくさまもそこはかとなく感じられる。「踊る」ということで律動を感じさせながらも、それとは対照的に同席する静寂。冬特有の神秘的な情景である。

冬の空気を思わせる凛とした声は、冬の海のなかをゆらめいて反射する薄氷のように儚げで、ひたすらに美しい。少しだけ覚束ないようにも聞こえるギターの音色は、目覚めたばかりの朧げな意識の象りにも聞こえる。この部分で、少しずつ音に厚みが増していくところが、まるで起き抜けの意識が少しずつはっきりしていくような感じと似ているのだ。

徐々に盛り上がっていくところがグッとくる。いつ、どんなふうに最盛を迎えるのだろう。聴き手はその熱をずっと待ち構えている。ここで踊っているのは躍動する生命。静かに、少しずつ開花していくように、光が弾けていく。

たしかにあまりにも強すぎる光は、万物をくまなく照らし出すと同時にその影を浮き彫りにもする。見方を変えると、照らし出されることで救われる心もあれば、炙り出される影もある、とも言えそうである。

それはまるで静が動を一層引き立てるような相補的な関係にも見える。光と影は、どちらがなくても、どちらとも存在できない。当たり前のことではあるけれど、どちらかがあるところには、どちらかが必ず存在している。

それはつまり、それぞれが生成するにあって、お互いがお互いを必要としている、ということでもある。こうして、表裏一体の光と影を改めて目の当たりにする。

壮大で、美しくて、この眩しさに、もとい光に照らされることでたちまち露呈する影があるとすれば、「ワタボウシ」のなかに限っていえば、それは「悲しみ」のことかもしれない。

僕には聞こえてる明日への鼓動

悲しみが連れてきた25時の奇跡

同上

「悲しみ」という影が連れてきたのは、「25時の奇跡」である。前述の歌詞にあるとおり、ここには「明日への鼓動」が脈打っている。

たしかにほかの季節と比べると、一般的に冬は命の芽吹きを感じる季節ではない。が、吐き出される白い息によって呼吸が見えるようになるのは冬だけである。可視化された呼吸の様相は、まさしく命の表れでもある。

呼吸のそれとは異なれども、「ワタボウシ」という曲は冬ならではの命を熱く表現しながら、そのさなかでたしかに呼吸する命が鮮やかに表現されている。

光あるところに影あり。またその逆もしかり。「悲しみ」という影がなければ、「25時の奇跡」は奇跡たりえなかった、と考えることはできないだろうか。

それは、都合のよい解釈に過ぎないのか。

「ワタボウシ」のなかで仄めかされる影。この延長に溶け込むのが、次にやってくる「ゲーム」という曲であるようにも思えてくる。影と一体化するようにも取れる様相。が、その向かいには、きっと光がある。

THE BACK HORN「泣いている人」|胸いっぱいにあふれる幸福

喉が引き裂かれそうになるまで、一心に、幸せであることを希ってくれる人たちがここにいる。これ以上ない幸せが、「泣いている人」という歌には詰まっている。壮大な音のなかにすっくと佇む祈り、希い、慈愛。この一曲のなかには、幸福が漲っている。大仰に聞こえるかもしれないけれど、誇張なくそう思う。

『甦る陽』の最後を飾る歌である「泣いている人」。

この歌は「コオロギのバイオリン」を除けば、THE BACK HORNのなかで最も長い楽曲でもある。多くは語らない歌詞に対して、7分以上にも及ぶ時間。「泣いている人」のなかで流れる時間は、とてもやさしくて、あたたかい。

自分の言葉を、時間をかけながらじっくり探し、そこからぽつりぽつりと紡ぎだされる歌詞が印象的である。「泣いている人」の歌詞は、まさに〈紡ぎだす〉という表現がしっくりくるような言葉たちの集積だ。心の底にある言葉を、一つひとつ大切に拾い集めるようにして訥々と語られるから、聴く者もどっしりとその言葉を受け止め、じっくり噛み砕くことができる。

静かに語られる言葉が秘める圧倒的な力の存在に息をのむ。「泣いている人」という歌は、何かともみくちゃにされる日々を生きる私たちを労うようにそっと隣にいてくれるような存在である。

街の片隅で泣いている人

誰に泣かされたんだろう

自分に腹が立ったの?

THE BACK HORN「泣いている人」、2000年

誰かに泣かされたことだけでなく、自責による涙についても言及されているところは、心の深さをも表しているようでもある。

自分の意志にそぐわずに泣いてしまうこともある。たとえば情動が疼くと、たとえこれっぽっちも悲しくなくても、憤りを感じておらずとも、ふと涙が出てくることがある。

何かを一生懸命に伝えようとするとき、いっぱいいっぱいになって、涙がこみあげてくるのだ。四六時中そうなるわけではないけれど、言葉にしきれなかった感情が涙になる現象にはたびたび頭を抱える。

なぜ泣いてしまうのか、今はそれを問うても仕方がない。今は「泣いている人」という曲のなかで編まれる言葉のぬくもりに身を委ねたい。

どうかあなたが幸せでありますように

どうか明日は幸せでありますように

同上

この曲のなかで、止むことなく繰り返しささげられる祈りは、はじめのうちと終盤とではまったく異なった風貌をしている。これらには強弱の差こそあれ、どちらもたしかに胸に灯る光であることには相違ない。

最初は、ぽつりと光る宵の明星さながらに密やかに語り出される。その様相は穏やかすぎるくらいだけれど、たしかな勁さを感じ取るには十分すぎる光である。

「泣いている人」を聴いていて印象的なのは、歌に生かされているのはお互い様である、ということである。私たちは息を吸うようにして音楽を聴き、言葉を食み、何はなくとも救われている。愛してやまない音楽たちを繰り返し聴くことで、明日を生き伸びるために虎視眈々と英気を養うのである。

聴く側はいつだってものすごい力をもらっているから、救われるのも、生かされるのも、聴く側だけなのだと思いがちなのだが、もしかすると世界はもっとその先にも広がっているのかもしれない。

愛はもっと広く伝播していて、聴き手がなんらかの力になれているというのも、あながち幻想ではないのかもしれない。

だとすれば、これ以上にうれしいことはない。

でも、そんなにうれしいことがあっていいのか、とうろたえてしまいもする。

だって、THE BACK HORNから、音楽を通じてこんなにも力をもらっているのに、さらには大好きな人たちに何かを返せているなんて、そんなに幸せすぎる体験をしてもいいのだろうか。あまりにも烏滸がましくないか。

これでは自己肯定感が爆上がりどころかカンストしてしまう。

音楽って、ライブって、本当に、とんでもなくすごい。あまりの壮大さに、一瞬思考が停止する。

都合がよい解釈だけれど、そのひとかけらになれているのだとすれば本望だ。私がいようといまいと世界は規則正しく廻るけれど、今はそちらに目を向けるよりも、エネルギーの欠片になれていることを喜びたい。烏滸がましいけれど、図らずもカンストした自己肯定感を携えているので、そんなふうに考えてみたい。

ライブという空間で交換した熱量は、これから先を生きていく糧になる。また次に会うまでの日々を泳ぎ切るための、大切な大切な養分になる。そして、いつしか歌は己の血肉になっていく。

音楽とともに生きる私たちは、きっとその繰り返しで冗談抜きに日々を生きていくことができている。

「じゃあまたおやすみ

身体には気をつけて」

同上

歌詞の一部だとしても、こんな言葉を投げかけられたら、どんな顔をしたらいいだろう。喜びのあまり、情緒がバグる。自分のために投げかけられた言葉でないことは分かっていようとも、こういう言葉によって心はちゃんと呼吸ができるようになる。

そして、ここから終盤に向かうまでの、余白がたまらなく愛おしい。わずか数秒の間に神経を集中させて、私たちは大団円を待ち構える。

光の雨が降り注ぐとしたら、きっと「泣いている人」の祈りがそれに最も近いにちがいない。

腹の底から喉が枯れるまで「どうかあなたが幸せでありますように」と念を押すように希ってくれるひとが、ここに存在している。

今日が幸せだとか、明日が幸せだとか、その匙加減はどうしたって個人に委ねられてしまうから判断基準はひどく曖昧だ。現金な話だけれど、明日がどっちに転ぶかなんて、正直誰にも分からない。

が、たしかであるのは、幸せを祈ってくれる他者が存在しているという事実こそが、幸せである、ということである。今、この瞬間にも、幸せを祈ってくれるひとたちが存在している事実があるだけで、このうえなく幸せなのだと、私は繰り返し主張したい。

両手いっぱいの花束のような祈り、それはきっと幸福だ。多幸感が溢れだす歌が存在している世界を、もう少し愛してもいいのかもしれない。思わぬところで出くわす愛がある。そんなふうに、少しだけ、期待してもいいかもしれない。

THE BACK HORN「さらば、あの日」|始まりを始める歌

「さらば、あの日」という歌は、両手いっぱいの切なさを集めて花束にしたみたいな曲だと、ふと思った。

それはきっと花が咲くのを願う描写が差し挟まれているからかもしれない。あまりにも短絡的すぎる発想だけれど、「さらば、あの日」という歌が切なさの集合体であることはあながち間違ってはいないだろう。

その理由についても考えながら、「さらば、あの日」という珠玉の作品について紐解きたい。さて、何から語ろう。

言葉と言葉が引き合い、呼応するのを待つ。おそらく、楽曲たちについて語るほどに、その真意から遠ざかってしまうのが真理であろう。

それでも、THE BACK HORNが放つ音楽を聴いたことで生まれる心の動きを、どうにか言葉として形に残したいという思いを抑えられずにいる。

さて、どこから解剖しよう。

「さらば、あの日」という歌では諦めや迷いを携えながらも夢を固持する姿が痛切なまでに描かれている。だが、この曲のなかで〈夢〉について直接的に触れられているのは、冒頭のみである。

去りゆく今日 にじむ明かり

夢のかけら ただ 拾い続けた

THE BACK HORN「さらば、あの日」、2000年

明かりが滲んで見えるのは、目に涙を溜めているからである。そう分かるのは、この後の描写による。

譲れぬもの 霞みそうで

涙をこらえた 唾を吐いて

同上

潔く諦めて別の道を歩むこと、諦めきれずに同じ道をひたすら進むこと、そのどちらも正しい答えでありうる。たとえその道が険しくとも、緩やかであろうとも、心の向く方が、きっと正解なのだろう。「さらば、あの日」では、後者を選択したことによる葛藤が鮮やかに叙述されている。

ごく自然なことではあるけれど、信じた道を信じることができるのも、信じることをやめるのも、最終的には自分の所作による。

「さらば、あの日」では、この歯がゆさに悶えている様子がひしひしと伝わってくる。分かっていながらも諦めることはできず、でも、霞みそうになる危うさと隣り合わせのまま「譲れぬもの」を胸に抱えて歩む姿は、聴く者の心を掴んで離さない。

「夢のかけら ただ 拾い続けた」日々は、「譲れぬもの」が「霞みそう」なくらいに覚束なくて、不安定だったろう。それでも、きっと、彼らは諦められずにこの道を突き進んできたにちがいない。

こんな日々が20数年の時を経て今日まで続いているという事実に、心の底から、ただただ感謝している。

さらば 燃ゆる陽に 唇噛んで

立ち尽くした 御空に 咲け花

同上

リテイク版ではところどころコーラスが入っていて、音にさらなる深みが出ている。荒削りのままの「さらば、あの日」ももちろん大好きだけれど、洗練された「さらば、あの日」も風情があって素晴らしい。

ところで、ここで対峙しているのは、悔しさだとか、押し込めた想いだろう。悔しさは、真面目に向き合うからこそ生まれる情動である。押し込めた気持ちは抑圧するほどに首をもたげて存在を主張してくる。

靄のように自分を覆うこの気持ちと、折り合いをつけることが肝要だ。だって、おそらく、そうもしないと先には進めそうにないから。

それでも又 空を見上げるだろう

じりじりと身を焦がして

同上

言葉通りに焦がれる様子がまさにじりじりと伝わってくる。「それでも」という言葉に託された葛藤に思いを馳せる。

だって「それでも」という言葉は、逡巡に逡巡を重ねたうえに疼くような、やむにやまれぬ心の動きでもあるからだ。そこには諦めきれなかった心残りが何よりも強い存在感を放ち、後ろ髪を引いている。

「さらば、あの日」を聴いていると、喉の奥がツンとするような切なさを覚えるのはなぜだろう。どういうわけで、この歌を切ない歌だと思うのだろう。切迫した想いがヒリヒリとキリキリと存在感を放つのはなぜだろう。

雲をつかむような話だけれど、そう思うのは、心の底から叫ぶ声がここにあるからかもしれない。歌詞にある言葉を見ても、言葉の温度や深度が直接伝わるわけではない。

が、音と声が融合することで、本当の気持ちが伝わってくるような気がするのだ。音と声に乗って、本当の温度も、本当の声も、想いの深さも、全身に受け止めることができるようになると思えてならないのだ。

だから、感じ取った切なさの正体とは、本当の想いがちゃんと届いた証でもあるのかもしれない。

想いは、生きている。歌のなかに、これほどまで脈打つ胎動のなかに、命が存在している。

この痕跡は、THE BACK HORNが歩を進めるための契機でもあったにちがいない。なぜならば、長い年月を経て、私たちは違う形でこの歌の面影を目の当たりにするからだ。

2021年12月にリリースされた「希望を鳴らせ」。この曲のなかに、くっきりと刻まれた「さらば、あの日」の足跡が見て取れる。21年続く軌跡を、改めて祝福したい気持ちが溢れだす。

馬鹿だろ今 俺は何処へでも行けるって 叫んだあの日は遠く

菅波栄純「希望を鳴らせ」、2021年

 

「馬鹿だろう? 今俺は 何も無い故に何処へでも行ける」

THE BACK HORN「さらば、あの日」、2000年

「希望を鳴らせ」で語られているとおり、「叫んだあの日」は遠くに過ぎ去りながらも、滲むことはなく今もなお顕在している。そう思えるのは、「さらば、あの日」と別れを告げた「あの日」が今日まで間違いなくつながっていると確信させるからだ。

「さらば」と別れを告げたかったのは、矛盾も、悔恨も、諦めも、後ろめたいすべてを置いた日のことかもしれない。

さよならを告げることが名残惜しいか否かは図りかねる。が、この遣る瀬無い気持ちは原動力にもなっていて、自らを動かすエネルギー源でもあったことはたしかである。

たとえば、何も失うものがないからこそ何でもできると思えることがある。そのとき、行動力が何割か増すのを感じもすれば、実際に軽やかに行動できることもある。

吹っ切れたからこそ放つことができる世界を穿つ一撃は、思いのほか威力があるのだ。

だとすれば、自分も夢を追いかけるとき、それがどんな年齢であっても、世間一般に年甲斐がないと言われようとも、この歌を思い出すことで、自分を奮い立たせることができるのではないか。

葛藤しながら時には携え、時には捨て、それでも「譲れぬもの」だけは、いかなる状況にあっても頑なに腕に抱いてきたのだろう。そうした意味でも、「さらば、あの日」という歌は、訣別とともに始まりを始める歌だと思えてならないのだ。

「馬鹿だろう? 今俺は 何も無い故に何処へでも行ける」と、彼らは言った。果たして彼らは何処へでも行けたのだろうか。その答えはまだきっと出ていない。

なぜならば、「あの日」は今日までずっと続いているからであって、つまりは旅路の途中を意味するからだ。

始まりが始まる音がする。それこそ、THE BACK HORNが奏でる音楽だ。