メメント

両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「ディナー」|滴る甘美

「マテリア」に引き続き、さらに深く深く深いところまで潜っていくように濃密な世界が繰り広げられる。「ディナー」がはじまる。未だかつてこの曲をライブで聴いたことはあるだろうか…。記憶の限りでは一度もないような気がする…。

前奏だけ切り取れば、警告音が今にも鳴り出しそうな不穏な空気が立ち込めてくる。「ディナー」に潜ることで溢れ出す艶やかさは、まだここでは正体を明かしていないようだ。

腫れ上がるような四弦と、金切り声を上げるような六弦が重なり合う。けたたましさを滑るようにして山田将司が歌いだす。鳴り響く低音に支えられるようにしてすべての音が重なり合う。骨まで振動するような音の厚みに圧倒される。

歌詞を見てみると、思った以上に簡潔にまとめられていることに改めて気付く。それなのに歌詞が与えるインパクトはあまりにも大きい。最大の衝撃だったのは「汚物まで愛して欲しい」*1というパワーワード。新しい可能性の扉が開いたか否かについてはここでは触れるまい。

重厚な音が辺り一面をぶん殴るようにして弾けるのと同じくらいに、明快にして強烈な言葉たちが音に乗って飛び出す。散りばめられたパワーワードが炸裂するところにいたっては、快楽に等しい愉悦にも感じられる。

艶めかしいエロスと殺傷力のあるヴァイオレンスの狭間に響く「ディナー」。そこにはホラーやグロテスクもひしめき合っている。なんとなく直視するのが躊躇われる事象が綯い交ぜになって立ち現れる。例にもれず目を逸らしそうにもなるが、不思議なことにそれができない。むしろその光景が繰り広げられるさまを刮目してしまうにちがいないとさえ思う。

これは音楽なのだから、ライブなどで見ることをのぞけば、そもそも直視などできるわけがない。それにもかかわらず、目を逸らしそうになることができなくなる現象というのは、言うなれば、曲に惹き込まれて身動きが取れなくなっている状態でもあるだろう。

途轍もない引力はTHE BACK HORNを起点として電波のように四方八方に広がっている。彼らの曲だからこそ、どうしたって焦がれてしまう。惹かれてしまう。

この曲の歌詞だけ見ればアンダーグラウンドを煮詰めてジャムにしたようなクセの強さがうかがえる。が、破裂しそうな音と合わされば、不気味さがかえって隠し味になって、決して陰湿ではない「ディナー」が出来上がる。この様子は、まるで鬱屈を蜂の巣にするみたいな解放感に溢れているとさえ感じられる。どぎつい「ディナー」に潜む一握の甘美に心酔する。

アンダーグラウンドのなかにある種の爽快感を体現する表現力の凄まじさは、この歌が殺伐としていながらも睨みを利かせたようにギラついているところに行きつかせもする。そこには「ディナー」だからこそ描き出せる類まれない美しさがある。

腫れ上がる殺意の名は ブルース ブルース

THE BACK HORN「ディナー」、2002年

ブルースを言い表す粋な表現というものは、古今東西きっと存在しているにちがいない。それにしても、THE BACK HORNが描写したブルース以上に心が搔き乱されるブルースは存在していないのではないだろうか。

鮮烈で、過激で、手を付けられないほどに巨大化してしまった感情、言い換えれば赤色巨星のように膨れ上がった殺意を「ブルース」にしたたためると考えてみる。そのとき、周囲を巻き込んだ「ブルース」は、どんなふうにして超新星爆発を引き起こし、最期の最後にはどんなブラックホールが出来上がるだろう。

そういえば、「ディナー」のなかで「天井裏は宇宙」*2だった。

THE BACK HORNが言うところの「天井裏は宇宙」で、「部屋の隅っこ」*3は「宇宙の端っこ」*4とほぼ同義で、「洗濯機の中」*5には銀河が広がる。THE BACK HORNを携えて生きると、生活の端々に宇宙が潜んでいることを知る。

こうした脈絡で歌っているわけではないことは重々承知だけれど、星と星を結んで星座にするみたいに、歌詞と歌詞を合わせることで違う角度から彼らの世界を見てみるのも、勝手な解釈と分かりつつ、とてもおもしろい。

彼らの視点を組み込めば、私たちの生活には宇宙がたしかに潜んでいることを意識できる。どう生きても悩みは尽きないし、それらに押しつぶされそうになることも、残念だけれど頻繁に起こる出来事である。そうだとしても、宇宙から見ればどれも塵に等しいことも、時には思い出してみると呼吸しやすくなるかもしれない。

現実は容易く変わらないけれど、自分の認識ならそれよりも変えやすいのではないか。さらに言えば、認識を変えずとも、いつもとは違う見方があることを知るだけでもいい。それが習慣になったころには、きっと認識はそれ以前とは変わっているはずだから。

*1:THE BACK HORN「ディナー」、2002年

*2:THE BACK HORN「ディナー」、2002年

*3:菅波栄純「ヘッドフォンチルドレン」、2004年

*4:同上

*5:菅波栄純「初めての呼吸」、2005年