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両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「幸福な亡骸」|鮮やかな色彩を帯びる生と死、揺蕩う夏

本当に本当にほんっっっっっとうに「幸福な亡骸」も傑作ですよね。あああ~~~大好きです~~~この切なさ~~~~搔き乱される情緒~~~~オーノーーー。

というわけで、考えなしに感覚だけで形容すると「大好き、ラブ、やばい」と、ほかにもう何も言えなくなるので、何がどう好きなのかをちゃんと深堀りするきっかけになればうれしい。何が琴線に触れたのか、改めて詳らかにできればうれしい。

ひどく穏やかなのに、途方もない切なさを掻き立てる「幸福な亡骸」の全てに、このうえなく恍惚とする。音の運びもなんとも心地好くて、そのたなびきを一身に感じていたいと思うのだ。たとえこの曲を冬に聴いたとしても、夏を自ずと想起させるくらいに、ここには徹頭徹尾夏が棲息している。

開口一番に「夏の終わり」*1とあるのに、不思議なことに依然として暑い夏の情景を彷彿とさせる。おそらく夏の朝に連なる「喪服の行列」*2という描写が、夏の暑さを助長させているのかもしれない。

死者に対するせめてもの弔いとして纏う漆黒は、おそらく唯一にして最後の礼儀とも呼べるから、単に着るといっても、やはりそこには重さがあって、喉が詰まるような苦しさもつきまとう。道端に転がる「蝉達の死骸」*3も、儚い命を想起させるにはお誂え向きだから、最近は蝉時雨を聴くたびに、そこで鳴らされる命の合唱に胸が締め付けられるような気持ちになるよ。命を鳴らしているのは、蝉達に限ったことではないのにね。

途方もなく青い空
死は優しく穏やかで
THE BACK HORN「幸福な亡骸」、2003年

ここで表されているように、死それ自体はきっと苛烈ではない。苛烈なのは、むしろ死に向かうまでの道のりや人生そのもののほうであって、死それ自体はおそらく穏やかな沈黙であるように思う。この見方には、そうであってほしい、という希いが込められているのかもしれないが。

写し出された広大無辺の青空と穏やかな死。どちらも茫漠としていて、すぐには捉えきれない。どこまでも続く青空をぼんやりと見ているときに不意に込み上げてくる虚無感の正体は一体何だろう。掴みどころがないくせに、心に影を落としていく死とどうやって折り合いをつけられるだろう。

いずれにしても、明確な答えは簡単には見つかってくれない。もしかすると、答えはないのかもしれないし、言葉にするのは無粋なことなのかもしれない。ただ、どういった類のものであれ、心に浮かんだ疑問だとか、翳りだとか、違和感をできるだけ忘れないでいられたらいいのになァと思うし、その正体に肉薄できればなァと思うこともたしかである。

いずれにしても、考えてもどうしようもないこと、と言われるそれらは、たいていは眠れない夜を狙ってきまって首をもたげてくるから。この虚無感や心に落とされた影は、私の足跡が続く限りその痕跡を辿り続け、決して私から離れることはないし、私を追い越すこともないにちがいない。だから、腰を据えてじっくりと見つめるべきなのだろう。相手は逃げるわけでも、通り過ぎるわけでもないのだから。時間はまだあるから。

花よ花よ夢を見ては
精一杯色を灯せ
ただ其処に在る
生と死に抱かれ歌えよ
同上

サビの部分で余すことなく美しく、かつ端的に表現された美を前にして、私はため息をつくことしかできない。生と死は、あらゆるところに在る、きっとただ、そのまま在る。生も死もそれ自体にはこれらの言葉が示す以上の意味はないはずだが、それと対峙する人間がいつも何らかの意味をそれらに与えては、ときに嘆き、あるいは喜ぶ。そしてほかにも様々な情動を塗り重ねることで、生や死は、個人に応じて鮮やかな色味を帯びていくのだろう。

ところで、「幸福な亡骸そんな死もあるだろう」*4という投げかけに、私は心を強く揺さぶられた。息を引き取った人間が何を思うかはもはや解りようもなく、いずれにしても想像の域を越えられないことはたしかなのだが、いかなる形で死を迎えたとしても、例えば病気の苦しみから、現世の苦しみからの逃避が叶ったということであれば、たしかにその人にとっては「幸福な亡骸」であるのかもしれない。

とはいえ、現世に残り続けている生者にとっては、いくら「幸福な亡骸」であったとしても、断腸の思いを抱えることにほかならないのだが。死者の気持ちを忖度するのも野暮ではあるが、せめてもの救いとしてーーたぶんこれは私が救われたいだけなのだがーー、死者自身にとって迎えた最期が「幸福な亡骸」であってほしいと願ってやまない。

花よ花よ運命を知り
故郷の土へ還ってゆけ
ただ其処に在る
生と死に抱かれ眠れよ
全て忘れて
永遠に
同上

紡がれた音符の中で夢見心地な気分を味わう。これは「幸福な亡骸」を聴く者の特権である。私情を挟んでばかりなのを許してほしいけれど、皆から愛されていたあなたには、「ただ其処に在る生と死に抱かれ」*5て、現世の苦悩を忘れて、ただ穏やかに眠っていてほしい。

それでも、横暴だけれど、私のことは忘れないでほしい。たまにでいいから、夢に出てきてほしい。出演料は取らないようにしてあげるから。

あなたが去って、ちょうど半年が経ちました。季節はめぐり、夏、真っ盛り。酷暑です。そんなことも思い浮かべながら、堪能する「幸福な亡骸」。最後の1秒まで夏の余韻が揺蕩う。

どこかに置き去りにした夏がここで息をしている。

*1:THE BACK HORN「幸福な亡骸」、2003年

*2:同上

*3:同上

*4:同上

*5:同上