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両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「シアター」|深呼吸できる場所の再確認

「シアター」は、かつてマニアックヘブンで一度だけ聴いたことがある。もう10年以上も前の曲だけれど、ライブで聴いたのはおそらくここ5年以内の話ではあるまいか。定かでない記憶を手繰り寄せてみる。

自身の一部になってからライブで初めて聴けるという体験は、新曲をお披露目されるのとは違った楽しみ方ができるので幸せだ。「シアター」でとりわけ好きなのは、「僕は生きるってことに恋をしてる」*1というフレーズ。

これはまるで映画のキャッチコピーのようにときめきを感じる表現だ。個人的に映画館は音が大きくて苦手なのだけれど、たしかにあの椅子の感じは、パブリックにいながらにして自分だけのお城を構えられたかのような安心感があるのも解る気がする。心が弾むような「シアター」。

とはいえ、穏やかで軽快なメロディーとは対照的に、「シアター」で展開される内容は示唆に富んでいる。例えば、真っ赤っかになったシャツと血の雨との対比には、少しゾクッとする。

ジュースが零れた拍子に 突然泣き出す子供
慌てて席を立つから滑り落ちるホットドッグ
床じゅうケチャップまみれ せっかくのシャツも真っ赤っかさ
今だけそっとしておいてくれ 安心な気分のままで
今頃世界のどっかで血の雨が
降り注いでるけど僕は知らないよ
松田晋二「シアター」、2007年

ここに出てくる「僕」は「バクダン」も「血の雨」も知らないと言っているけれど、これはこの「僕」に限ったことではない。

感情の感度を広げれば広げるほど、悲しいことに自分が危機に陥りやすくなってしまうので、日常生活において自衛することはとても大切なことである。特に悲しいニュースや、無節操なSNSや、そういった類のものからは適切な距離を置いておくと安全な場所に自分を逃がすことができる。

とはいえ、自衛と見て見ぬふりとの境目が案外難しい。現に戦争で苦しむ人たちに対して、幾許かの支援をしても24時間つらい気持ちではいられないし、自分の生活を送るためには夜だって十分に眠ってしまう。

どうしたって今ここに現前するものから受け取る情報が多いので、見えない部分に対しては、意識を働かせない限り想像力はなかなか行き届かなかったりするのだ。「シアター」では、そういう残酷さも軽やかに描写されている。

ところで、一般的に言って想像力や表現力に対して、食べてきた言葉や経験してきた感情が大きく作用することに何ら疑念はない。より解像度の高い世界を見るためには、生活のなかで様々な言葉や感情を重ねていく段取りが大切なのだろう。

例えば、見晴らしのよいところに立って、想像力が及ぶ限りで見えてくるものに焦点を当てる。そうした経験を重ねることで、世界を分節することが徐々にできるようになってくる。そうやって世界と折り合いをつけることができれば、生きづらさも少しは緩和されるように思うのだ。

なぜなら分節できることが多ければ多いほど、予測していなかった事象に対して、ゆっくりでも確実に自分の言葉をあてがい、消化することができるようになるはずだからである。そういうわけで、見晴らしのよいところに立つということ、それは自分が深呼吸できる場所、言い換えると余白を持てる場所に立つことでもあろう。

僕らは何時でも自由に
世界が輝くくらいに
夢を見れるから
時には深く息をして
想像の羽を広げて
僕は生きるってことを感じてたい
同上

想像力を用いさえすれば、ひょっとすると自分を逃がしてあげることだってできるのかもしれない。例えば、今ここではない場所にも、自分の居場所を持っているということに想いを馳せてみるなど。様々な作品をきっかけにして、途方もなく多くの言葉や感情と出会うことがきっとできるはずだ。「シアター」を聴いていて、そんなことが思い浮かんだ。

映画に限った話ではないけれど、様々な物語の登場人物に感化されたり、話の内容に没頭するあまり、身体がこわばったり、手に汗握ったり、安堵に胸をなでおろしたり、悲しみに涙したりと、恒常的に繰り返される感情移入に疲弊する人は少なくないだろう。

多彩な創作は私たちを揺さぶりながら、その痕跡を遺していく。その時々に出会う作品を見終えるたびに、満足感から深いため息をもらすことだって時にはあるだろう。作品をとおして様々な非日常を体験しながら満足感に包まれる体験というのは、ライブでも同じことではないだろうか。

私は映画には明るくないが、ライブに置き換えるとより鮮明に想像することができる。こうした状況を端的に表現すると、たしかに「僕は生きるってことに恋をしてる」という気持ちが自分自身にとっても、しっくりくるような気がする。

とりわけ見たい映画は今のところないのだけれど、以前購入した高性能のプロジェクターを使いながら、高音質のスピーカーを用いて、リヴスコールストリングスツアーのDVDを見ようかな。映画館ではないけれど、きっと終わった後に胸いっぱいに深く深く息を吸うことができると思うから。きっと「生きるってことを感じて」いられるから。 

*1:松田晋二「シアター」、2007年