メメント

両手いっぱいの好きなものについて

THE BACK HORN「ミスターワールド」|せめぎ合いから生成される狂おしさの渦

「ミスターワールド」の全体を弓がしなるように伸びやかに鳴り響くベースがとても好きだ。天使の描写を一層感慨深く思うようになったのは、栄純先生の「あいしてぬ」を聴いたからかもしれない。

「あいしてぬ」はeijun名義で作られたラブリーポップの塊がごとき曲である。「あいしてぬ」には「排水溝に詰まった羽根の折れた天使」*1が再登場することが何よりもまず胸を打つ。「ミスターワールド」から実に20年ぶりの再登場である。だから「あいしてぬ」では「排水溝に詰まっていた羽根の折れた天使」*2と過去形で表現されており、「ミスターワールド」とはまったく雰囲気が異なる曲であるにも関わらず、THE BACK HORNの片鱗がたしかにここにも息衝いているところがたまらない。

おっと、これでは「あいしてぬ」についての記述になってしまうので興奮を抑えながら照準を「ミスターワールド」に合わせよう。

「オンボロ月夜」とか「プラスチックの雪が降る街」という描写からなんとなく連想されたのは、冷たい風が吹きすさぶ寒々とした夜、そして機械仕掛けの街。ここからはおもちゃのようなポップさは感じられないけれど、からくりのようなどこか精密なつくりものを彷彿とさせる空気が漂っている。

「ミスターワールド」のなかで展開される軋む世界は独特な冷たい空気を纏いながら異彩を放っている。たとえば辛辣ながらも的を射た表現は私の心をも射竦めると同時に、あまりにも洗練されたその表現に思わず舌を巻く。

なぜどこにも天国がないか
愛していないからさ
THE BACK HORN「ミスターワールド」、2001年

「どうせうまくいかないから」とか「どうせできっこないから」とか、口を衝いて出てきがちな呪いは見事に自分の身体や心を縛りつける桎梏となる。「どうせ」と口を尖らせれば尖らせるほどマイナスのドツボにハマって、天国なんかどこにもないのだと嘯くに至ることが往々にしてある。

たしかに愛しているからといって天国が見つかるわけではないかもしれない。ただ、愛していなければ天国が見つからないことはどうやら事実であるように思う。あまりにもチープなたとえすぎて言うのも憚られるけれど、言うなればライブのチケットを申し込まなければチケットは絶対に当たらない、みたいな発想にも似ている気がする。

もうこれしか頭に浮かばなかったとはいえ、もっとマシなたとえが見つからなかったのか。要は行動してもうまくいくかは判らないけれど、行動しなければ始まりもしない、ということを言いたい。忸怩たる思い…。

さて、「ミスターワールド」においていたるところに散りばめられている情動を孕んだ叫び声はもちろん、淡々としていてどこか素っ気ない表情を魅せる声音もいい。ぶっきらぼうとも取れる歌い方には、一聴するとそこに秘められている感情は見えにくい。でも、だからこそ「ミスターワールド」のなかで出くわす叫びたちには一層の熱が込められていて、熱情が渦を巻いているように思われるのだ。

ああ狂った羅針盤の上で母体を想う頃
悲しき死の狂騒曲が戦場に響いた
未来は時という鼓動を静かに止めたよ
同上

「ミスターワールド」を聴いていると、「狂おしい」という言葉が不意に思い浮かぶ。ここにあるとおり、「狂騒曲」という表記もそう思わせるに相応しい字面である。今にも破裂しそうな音たちが重なり合って放出されていくような勢いは留まることを知らない。サイレンのように鳴り響く音は警告音がごとき物々しさをたたえながら耳を劈く。

心のなかに溜まっていく苛立ち、胸がつかえるような蟠り、どこか満たされない気持ちなどがせめぎ合って、膨れ上がって、爆発したような幕の下ろし方が一周まわって清々しいとさえ思う。それは渦に巻き込まれていくような音響とともに金属音にも似た歪が広がっていくさまを連想させる。辺りを覆い尽くす歪んだ音が瞬時に消えたと同時に、間髪入れずに「ひょうひょうと」が始まっていく運びに胸の高鳴りを抑えきれない。ここからさらなる音が炸裂していくのだ。

そしてやはりふれておきたいのは、シングル『空、星、海の夜』に収録されているバージョンでは隠しトラック?に「未来ネズミ」が忍ばせられている点である。こういう遊び心が胸をくすぐりますね。隠しトラックの存在って、端的にとっても楽しい。中身が見えないおもちゃ箱みたいなところがすごくワクワクする。

今となってはCDをインポートするのが常だから、それと同時にトラックの時間が洗いざらい表示されてしまうし、隠しトラックの存在が丸見えになってしまいがちだけれど、そこに何が隠されているのか俄かには判らないところは実におもしろい仕掛けだなぁといつも思います。

CDプレイヤーも今となっては日の目を見なくなってしまったし、サブスクだって日々利用している。それでもTHE BACK HORNのCDはリリースされる限りこれからもずっと買い続けるんだろうなぁ。たとえそれが瞬時にインポートされるのだとしても、手元に残しておきたいと強く思う。いつも傍らにTHE BACK HORNを。

*1:THE BACK HORN「ミスターワールド」、2001年

*2:eijun「あいしてぬ」、2021年