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THE BACK HORN「生命線」|生命の律動、世界との紐帯

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とうとう、「生命線」について述べるときが来ました。「生命線」は私にとって特に思い入れの深い曲です。「もう無理だ」というような局面において、「生命線」には幾度となく救い上げてもらったから今の私が在る、と言っても過言ではありません。だから「生命線」は私の中核を成す一曲とも言えるし、曲名どおり、私のライフラインです。

おそらく私は「生命線」を聴きかじることで、THE BACK HORNが世界と私とを繋ぐ確固たる紐帯であることを理解したように思う。思い入れが深すぎるあまり、どうすれば心の内を詳らかにできるのか思いあぐね、筆が止まっていた。書きたい、とにかく思いの丈をここに綴りたい、と逸る気持ちとは対照的に、書くことに対する一抹の不安が息を潜めていた。

きっと、大丈夫だから、素直な気持ちを吐露しよう。さあ、どこから切り開こうか、「生命線」に魅了された私の赤い赤い魂を。新たな感情の萌芽を見定めるべく、じっくり解体してみよう。納得いく言葉を見つけるまで、この場で藻掻いてみよう。まとまらない言葉の海を泳ぎ切った先には、どんな景色が広がっているのだろう。

本当に彼らの命の律動は、赤々と力強い。目の前で披露される「生命線」に落涙したのは数知れず。生きる決意とか、明日に立ち向かう覚悟だとか、言葉にするのは平易でも、本当は逃げてしまいたいことに対する彼らの固い意志が表われた「生命線」の勁さに、圧倒され、共鳴して、私も歯ァ食いしばるぜ、と強がっていられるのだ。

「生命線」のなかで一貫してうねるように連なる音は、ぐるぐる廻るメリーゴーランドよろしく怒涛の時代を彷彿とさせ、ここで響く音それ自体に生命が宿っていることを確信させる。脈々と紡がれる旋律、そこに重なる声、5分足らずの時間に凝縮された想いの数々は、明日に己を繋ぎ止めるための証さながらだ。

線路の冷たさに触れて初めて
自分の「体温」を感じた
必死で燃えている赤い命が
「生きていたい」と確かに告げた
THE BACK HORN「生命線」、2003年

短絡的すぎるけれど、「自分の「体温」を感じ」ることができれば、たぶん私もまだ生きていけると本気で思った。だから、いかなる脈絡もなくて苦笑してしまうけれど、なんとなくきりがよいだろうと思って、30歳になる前に「線路の冷たさに触れて」みようと思った。

結局、幸か不幸か線路に横たわることもなく30歳を迎え、その冷たさに触れずとも、その冷たさを知らずとも生きていける確信を得た。何とも締まりがない話だけれど、「自分の「体温」を感じ」るという発想があったからこそ、線路でなくとも、自分以外の温度からは様々なことを教えてもらった。例えば、触れる対象が生き物であれ、物であれ、そこには自分とは異なった温度があるということ。その過程において改めて知る命が存在するということ。

日頃から何気なく受け入れている生命活動に改めて目を向けてみると、はっとさせられることは多い。自分の体温を感じることだって、たぶんそれと似ている。

「生命線」において「必死で燃えている赤い命が「生きていたい」と確かに告げた」ように、無意識のうちに突きつけられる命の意志が存在する。だから「自分の「体温」を感じ」るということは、身体中の脈管を駆け巡る血の躍動、言うなれば「赤い命」の息吹を全身で感じることであって、命を慈しむ思いが沸き上がることにほかならない。

こんなふうにして「生命線」では、命の灯に新たな薪をくべてもらうようなやり取りが垣間見える。「生命線」それ自体が多大なる燃料になり、明日も生きよう、とやおら肯く活力に昇華されていく営みが、言い換えればエネルギーの交換が、ここでは紡がれている。

命の炎を燃やし続けられるのは、自身の内側から供給されるエネルギーもたしかに大切ではあるけれど、一方では、外部からもたらされる光を燃料にできていることも大きな要因であろう。そう思うのは、内側から沸き上がる意志だけでは命を全うしきれないと痛感しているからだ。畢竟、命は1人で支えられるような代物ではない。誰かの助けを糧にしながら、ようやっと全うされるくらいには、どっしりと重たいものである。

THE BACK HORNという外部からもたらされる光を糧にしながら私が見出したのは、私と世界とを繋げてくれる線。これこそまさに「生命線」そのものだ。この「生命線」が計り知れないエネルギーになり、私の生きる力に還元されている。

だから、繰り返しになるが、THE BACK HORNは、世界と私を繋ぐ紐帯であって、私の「生命線」に等しい。この確信を胸に灯したまま「生命線」を聴くと、引き上げられるような感覚を覚える。一寸先は光であると直感的に思えるような、たしかな光が差し込んでくる。

それでもたぎる血よ 共に生きよう
関係するのさ 命かけて
同上

何よりも、命をかけて共に生きようと言い切るその姿に胸を撃たれ、自分自身を何度も奮い立たせることができている。ここで語られているように、他者と関係することは命がけの行為だ。というのも、他者と関わるには、自身が傷だらけになることや、意に反して相手を傷だらけにしてしまうことを銘記したうえで、それでも関わっていこうとする覚悟が必要だからである。

とはいえ、言うまでもなく、懸けられる命は有限だから、誰に対してもこうした姿勢を貫けるわけではない。相手を知るときに否応なく生じる摩擦や衝突を承知のうえで、それでもなお、命をかけて関係していこうという気概に、熱誠なる胸中が看取されては、己の胸も熱くなる。このフレーズを聴くと、一心にこちらに向かって差し伸べられる手が想起される。そして私は、躊躇うことなく、その手を掴もうとする。

素晴らしい明日が広がってゆく夜明け
最悪の日常を愛せるのなら
同上

この言葉は祝福である。数多の呪詛を受け、なおも立ち上がろうとする私たちに向けた祝福である。「素晴らしい明日が広がってゆく」ことを気散じに教えてくれる軽やかさを纏った祝福である。

月並みな辛酸を舐める過程で知った数々の痛み。平凡なくせに絶えず疼くこの痛みを、明日へ、その先へと引き連れていけたらいいと、今では思えるようになった。痛いけれど、そうは言っても貴重な痛みだから。心が震えた痛みだから。私だけの痛みだから。

痛みと生きることを教えてくれたこの歌を、生きていく過程にあって待ち構えているのは苦しみだけでないと告げてくれたこの歌を、身体に、脳髄に、あるいは脊髄に、私は刻む。心に落とした影は、たしかに自身の世界を侵食するのかもしれないけれど、「この空も暗闇も心映す鏡なら 変えてゆける いつだって その心が世界だろう」*1。そうにちがいないだろう。

一つひとつの曲に対する私の気持ちを紐解いていて思ったことがある。個人的な見解だけれど、生きることは苦しい、ということを肚の底から知っていながら、それでも生きることを諦めず、懲りずに藻掻きながら不器用に生きていく人たちこそがTHE BACK HORNだということである。

できることならば内側に匿いたいと思うような弱いところや、暗澹たる側面さえもすべて曝け出し、あらゆる楽曲に息を吹き込んでくれる姿に、何度も何度も心が救われ、私自身も掬われていることを痛感しています。いつも、ほんとうにありがとう。

書いていて、なんだか目頭が熱くなってきた。ここまでしたためて思ったのは、やっぱり私はTHE BACK HORNが一等好きだということ。書く前から知っていたよね、まあでも、定点の再確認は大事なことだよ。今日も、ありがとう。

それでは最後にMidjourneyのお絵描き報告をします。「プラトニックファズ」に続いてMidjourneyで遊んだのは「生命線」。一言、”Lifeline”とだけ記した文字を読み取って生成された一枚の絵。

不思議な佇まいで、独特の雰囲気が漂っている。お世辞にも明るい一枚とは言えない鬱蒼とした空気に、そこはかとなくTHE BACK HORNの面影を感じさせるので、なんだか親しみを覚えますね。素敵な1枚をありがとう。現場からは以上です。

(出典:Midjourney)

*1:THE BACK HORN「生命線」、2003年